240331 ー 遺失物管理所

240331 ー 遺失物管理所

この前、美術館のコインロッカーで財布を忘れた。しばらくしてから気づいて取りに戻ったのだが、美術館の方で回収してくれていたようで、何個か特徴を言ってすぐに返してもらえた。黒いとか中に映画のチケットが入ってるとか。
その時に思ったことだけれど、もっと本当のことを言わないと返してもらえない遺失物管理所があればいいな。

例えば、財布の迷宮みたいなところに迷い込んだとして、もちろん僕らは、僕と財布は、途中まではうまくやっていたし、多少すれ違いはあったかもしれないけれど、その財布の子どものような無邪気さが僕らをなごませてくれるのだった。
ところがいつの間にか財布と逸れてしまって、僕は孤独に迷宮を彷徨う。暗く、無機質な石造りの迷宮は、いくらスマホの灯りで照らしていても、一人には暗すぎるということを悟る。

もう無理だと思った時、遺失物管理所が目の前に現れる。木の扉に、「遺失物管理所」と書かれた金属製のプレートが取り付けられている。
軋む扉を恐る恐る開けると、中には一人の老婆。
「扉を開ける時にはね」と、不機嫌な老婆。「ノックくらいするもんだよ」
「財布を落としてしまったんです」
「どんな財布だい?言ってごらんね」
こんなときに、えー黒い財布で、なんかパカって開くんですけど、あ、あとこの辺に映画のチケットを結構入れてて、という感じでは到底返ってこない。それで返ってきたとして、やがて来る離脱イベントが目に見えている。
僕らはかけがえのない友人であって、いろいろな思い出があったはずだった。
どういうわけか向きを間違えると学生証やらを全て落としてしまう緩さ、小銭入れがあまり機能していなくて気付くとカバンの中に小銭が散らばってしまった時のこと、僕はきっとそんなさまざまな日々を思い出すだろう。
悲しみ、そして憤り、しかしその過ぎ去った日々はやはりかけがえなく、僕は自然とその胸の内を語り始める。
やがて語り終えると、老婆は優しく微笑みかけ、僕に財布を返してくれる。
ああ、この迷宮はこのためにあったんだ、僕らは互いに固い握手を交わし、迷宮は光の中は消えていく。

ところで最近は財布を買い換えようかと検討している。


240331-2 ー 水についての列挙
水で満たされていたら嫌なもの
レジ袋、タンス、ポリバケツ、故郷、買ったばかりのあなたの靴下

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