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花束みたいな恋をしたDVD発売記念

多少ネタバレなレビューです。

※鑑賞後すぐに書いたのですが、途中で頓挫してしまいました。なので、DVD発売のタイミングにあわせて、加筆してみようかと思います。って、どうでもいい話しですね。

さて、

「花束みたいな恋をした」刺さりました。自分にはめちゃくちゃ刺さりました。

この刺さるというところがミソだと思っていまして、自分は映画に対して(むしろ何に対してもかな)刺さるだなんだと表現する事はないんですが、これはなんというか刺さりました。

おそらく、異常に共感ポイントのようなものが散りばめられていて、そこらへんのポイントの多くにがっちり自分の経験なんかが重なったからなんだろうなと思ってます。

例えば、押井守。攻殻機動隊見てますよ。本棚にあるAKIRAもうちにあるし、ceroの高城くんも知っているし(彼がやっているrojiも知っている)
サブカル好きな大学生ということを伝えるためにだされた記号のようなものだと思いますが、なかなか絶妙なものをだしてくるなと思うんですよね。
(ちなみにゴールデンカムイや天竺鼠はイマイチ自分はわからず)

その他にも全体的にいいんですよね。何というか、意味のないものに熱中したり、駅から遠かろうと雰囲気で部屋を選んだりする感じ。

見てるだけで物凄く甘酸っぱくなってくるんですよね。そして、そういった事実が自分にもあったのではないかと錯覚してくるような感覚。

と、脚本家の坂元裕二さん、僕らの気持ちをわかってくれている!!と、思いたいところですが、素直には思えない気がしています。

写真を見るとキリッとした仕事のできそうな男を確認できて、かつての作品からもこういう方がモラトリアム期間の凡人の気持ちがわかるのかなと懐疑的になってしまうのです。

つまり、これはプロによるプロのリサーチ力というか、総合的な力学が働いたものであり、10代~20代前半にかけての多感な時期を表現したエモーショナルな作品でありながら、ストラテジー的な作品であるように思うのです。

良い例えが思いつかない中で、ミスターチルドレンの「ニシエヒガシエ」を聞くたびに思うのですが、ポップバンドの僕らの方が世間のロックバンドと呼ばれているバンドよりもロックな曲作れちゃいますよ!!ははっ!!というような風格を感じるのですが、それに近いような感覚って言ってわかりますでしょうか。

でも、ふと立ち止まると村上春樹の小説にでてくる、パンティストッキングの描写に気持ち悪さを感じてしまうのでそこは忘れるようにしようという感覚というか。

冒頭にも述べたように、異常に私には刺さる要素満載だったのですが、自称サブカル男子、サブのカルチャーを愛し、人と少し違う事をして悦を感じていた、かつての自分とは、実は世間に仕組まれたカルチャーの中で泳いでいただけであり、作られた思い出で生きていただけだったのかもしれません。

まさにそれって、攻殻機動隊の世界!!押井守?!

と、まあ、いずれにせよこの映画はそれなりにヒットをしたようですね。

僕のようなかつてサブカル男子&女子だった皆々様に響いたのではないでしょうか。

あらためて、映画ってどういう人が見るのかなとも考えます。万人が見ていい映画を作る必要はなく、‘‘かつて‘‘そうであった人たちを対象にした脚本、映画というだけでいいのかなとも思います。

そのパイが思いがけず多かったのか、それともそれもプロのリサーチ力によってそれなりの集客が期待できる数値をたたき出されており、まんまと僕はその中に飛び込んだのか。

最後に、この作品を見ても何も感じない人もいるかと思います。

ただ、かつてサブカルチャーを愛していた人(今も愛している人には物足りないのかもしれない)

一度見てください。

花束みたいな恋をすることでしょう。





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