見出し画像

「正しい」のジェットコースターにしがみ付いて

「優等生」という仮面を本当はかなぐり捨てたい。

黒髪に眼鏡に化粧っ気もない。化粧が面倒なことを言い訳に、わざとそうしている。幸か不幸か勉強もできるほうで、子どもの頃は友達がいなくても教師ウケがよいという理由だけでやっていけた。いかにも真面目ぶった外見は案外武器になるものである。

どっこい、実際はそんなに大人しくもない。進学校に入学したものの落ちこぼれてサボりがちになり、大学は浪人した上に一年留年している。ろくに家にも帰らず、男友達のところに入り浸っては徹夜で麻雀を打っていた。平日のゲームセンターに通い詰めて警察に声をかけられたこともあった。「大学生なんです」の一言であっさり解放されてしまったが。

とはいえその程度、ヤンチャなエピソードとは到底言えないのだろう。平成の大学生なんて大多数がそんなもんだったと勝手に思っている。私の中では「荒れていた」時期なのだが、そんな体たらくでも生活費は親に頼りきりだった。今にして思えば遅い反抗期である。乱れていたのは性生活くらいなもので、酒にめっぽう強かったため溺れもせず、煙草もクスリもパチスロもやらなかった。休み休みでも退学に至ることなく、国家試験はきっちり合格し、卒業と同時に就職もした。

根が真面目なのだ。たったその程度のことを不真面目だと思ってしまうくらいに、クソ真面目に生きようとしては真正面から自分と戦い続けている。

好きでやっているわけじゃない。やりたいことがたくさんあったのに、「正しさ」から外れる自分を一切許さずに走り続けてきた。がむしゃらに突っ走ることを「真面目」と言われ続け、いつの間にか「真面目であること」をステータスにしてしまった。

小説家になりたい時期があった。あるいは漫画家。イラストレーターに憧れたことも、声優になってみたかったこともある。バンドを組んでステージで歌ってみたい欲望もこっそり抱えている。全部大好きで得意なことなのに、見ないふりをして通り過ぎてきた。全部ただの趣味だ。人生をかけるほどじゃない。私に才能なんてないんだから夢中になっちゃいけない。誰もが納得する「正しい」道から振り落とされてはいけない。

「正しい」と信じれば脇目も振らず突っ走って、まるでジェットコースターだ。猛スピードでぐわんぐわんと揺れながらもゴールは決まっている。決してレールを外れない、でも、もしも落ちたら。その「もしも」の恐怖で必死にしがみ付いている。振り回されている間は何も考えなくて済む、現実逃避じみた中毒性。

折り目正しく、道を踏み外さないことが、処世術として私の中に深く刻みついている。「強く正しく生きろ」という強迫めいた意識に追い立てられて、やりたかったこと全てを素通りして仕事漬けの毎日を送ってきた。母親の掲げた「看護師」という輝かしい切符は、血を吐いてでも掴む価値が存分にあった。これさえあれば食いっぱぐれることはない。がむしゃらに働いて、稼いで、十分な貯金を得て、家庭を持って。人並みの幸せを掴むことをゴールと信じて疑わなかった。離婚という結果にそれは一度崩壊し、「正しく」在れなかった自分をずいぶん責めたこともあった。

いつまでも完璧になれない自分の不格好さが、死にたくなるほど許せない。

やるからには誰にも負けたくないという負けず嫌いも拍車をかけている。納得するまで全力疾走しては、追い抜かれることに怯えて妥協ができなくなる。窮屈でたまらない。食事も忘れて集中し、求めに応じて休日を潰し、「真面目で頑張り屋」と拍手される日々。結果が出ればうれしくなって、「もっと頑張ります!」って意気込んで、優等生な自分にほっと胸を撫で下ろしては愉悦に浸る。下手くそにもほどがある生き様だ。

そんな働き方をした挙句に身体を壊し、「自分の時間がない」とのたうち回っているのだから、まったく滑稽である。「やるべきこと」を妥協できないあまり、いつまで経っても「やりたいこと」のレールに乗れない。他人に褒められて調子に乗っている場合じゃないんだよと自分を怒鳴りつけてやりたいが、そんな自分に酔っているからますますどうしようもない。

夢中になるのが好きだ。頑張るのも好きだ。知らなかったことを知るのが好きで、勉強だって苦にならない。だからつい仕事にも楽しみを見つけてしまって、また降りられなくなる。

クソ真面目ゆえの大馬鹿野郎だが、好きでもないはずの仕事にさえ夢中になれるのは、もはや才能じゃないかと思う。ならば、本当に好きなことに全力で取り組めたらどんなにいいだろう。褒めそやされていい気になってる自分なんて捨て去って、世間の「正しい」から真っ逆さまに落ちてしまいたい。誰からのどんな評価も気にせず、何を言われても気にならないくらいに夢中になってしまえたら、どんなに幸せだろう。

でも、もしもそうなったら他の全てを投げ出してしまうんじゃないか。「これしか要らない」って、寝ても覚めても取り憑かれたようにのめり込んで、人間らしい暮らしをやめてしまうんじゃないか。それが怖くてまだ飛び降りることができない。一度始めたらやり通さないと気が済まない性格は自分が一番知っているし、狂気じみた執着心が自分の中にあるのも気付いている。好きでもない仕事にさえ自分を犠牲にできるのだから、好きなことに全振りしてしまったら一体どんな代償を支払うのか分かったもんじゃない。それで挫折してしまったとき、果たして私は生きているだろうか。

そうなってしまえない理性が、「優等生」という仮面となって私にまとわりついてくる。いい子でいろよ。人間やめるの怖いだろ?囁く声もまた私自身で、叩き割りたいと思いつつその仮面に守られている。ジェットコースターからダイブする勇気なんて、まっとうに生きていくなら必要のないものだ。

でも、本当はその勇気が欲しい。死ぬかもしれないことを恐れず、真っ逆さまに好きなことへ飛び込んでみたい。自分だけの「正しさ」で命を懸けられる危うさに、たとえ死んでも欲しいものを取りに行く潔さに、ずっと憧れている。結局はそんな度胸もないまま、世間の「正しさ」にしがみ付いては永らえているのだが。


[了.]

いいなと思ったら応援しよう!

薄荷(はっか)
投げ銭いただけたら、遠征先でちょっと贅沢なお酒を楽しむのに使います✿ ありがとうございます!