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身近な研究者に、気軽に『ノーベル賞取ってよ〜』と言うのはやめましょう 特にこの時期は!!

今年もノーベル賞が発表されましたね。10月上旬はいわゆる「ノーベル賞ウィーク」です。ところで、大学や研究所のいわゆる「研究者」って、この時期は、ナーバスになってる人が多いって知ってましたか? (今回、本筋を離れて言いたいことが多すぎるので注が多めです)

理由その1 研究者にとってノーベル賞は意外と身近なものである(取れるとは言ってない)

特に理系の研究者だと、ノーベル賞学者の孫弟子だったり、ノーベル賞学者と関わりがあったりすることは珍しくないです。いわゆる「ともだちのともだち」じゃないですけど、間接的な繋がりまでたどっていけば、ほとんど全員が関係あるはずです(注1)。こんな僕でも、生理学・医学賞(注2)や化学賞のときは、新聞社からの電話取材がないわけじゃないので、一応デスクで待機するようにしています(注3)。でも、当然ですけど、ノーベル賞を取れる確率はほぼゼロに等しいのです! 可能性がゼロじゃないけど事実上ズィーロゥ(理系特有のこのめんどくさい言い回し含め)、このむずかゆい気持ち、分かってくれますかね!?

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Image by いらすとや

理由その2 「ノーベル賞ウィーク」は彼らにとって「科研費」の申請書を書く時期にぶち当たっているのです

研究をするにはお金が必要。いくつかある資金源の中で、最も多くの研究者があてにしているのが、いわゆる「科研費(科学研究費助成事業)」です。文科省と学術振興会が国内の研究者に研究費を配分(正確には「交付」)する事業です。この科研費、カバーする範囲が広いことが特徴です。国内で行われている研究分野のすべてを事実上網羅していますし、応募できる研究者の資格も多岐にわたります。例えば分野は「哲学および倫理学関連」から「環境政策および環境配慮型社会関連」まで(注4)、対象者は、大学や高校の先生(教職員)だけでなく、技術職員、小・中学校の先生も含まれます。なんて素晴らしい!

でも、当然、どんな研究内容でも、お金がもらえるわけじゃありません。自分がこれからやる研究がどれだけ面白いか、どれだけ優れているか、どれだけ人類や地球やこの世界のためになるか(もちろん「役に立つ」かも含めてですが、それだけじゃないです)を切々と訴える申請書、すなわち「研究計画調書」を書かねばならないのです。その締切が迫っているのがこの時期なのです。作家の皆さん、ライターのみなさん、仕事で大事なプレゼンが迫っているみなさん、俺らの気持ち、分かってもらえますか!? ここで下手を打つと、来年まで研究費不足に苦しんでまともな仕事ができなくなるんですよ!

ちなみに、この時期、twitterで検索すると彼らの「科研費が、書けん日」「科研費が、書けん、ヒ〜」などと超くだらないツイートが見つかります。完全に頭が壊れてます(わかる)。

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ちょっと前の科研費の手引の表紙に使われてた絵です。可愛いでしょ?

ノーベル賞の結果いかんで、今、書いている科研費の中身や、「当たる」確率が変わるかも!

少なくとも理系であれば、ほとんどの研究分野はノーベル賞となんらかの関わりはあります。もちろん、自分の師匠や師匠の師匠、友達の友達、友達の友達の友達(ややこしくなってきた)が取るかも、という期待もあります。大隅良典先生がノーベル賞を取られたときには、オートファジーや酵母の研究をしている皆さんは大喜びでしたし(注5)、大村智先生の時も、天然物創薬や生物有機化学、放線菌などの研究者にとってはこの上ない朗報でした。え、ノーベル賞学者の弟子や孫弟子だったら、あるいは共同研究をしてたら科研費が採択されやすくなるかもって? まぁそういうことはあるかも知れませんがそんなに甘いものではないでしょう(注6)。でも、ノーベル賞を受けた分野は、幅広い研究者から注目を浴びて盛り上がる。この効果は確実にあります! 恥をしのんでいえば、2019年の生理学・医学賞を受賞した「細胞の低酸素応答」は、僕はあまり詳しくありませんでしたが、これを機会に少しは勉強して、その重要性にナルホドと思ったものです(リチウムイオン電池は全くの分野外でした。物理学賞の系外惑星は、分野が離れすぎてて、なんかすげーとしか)。また、ノーベル賞は、関連する範囲が広かったり、波及効果が大きな研究成果が取ることも多いので、『この分野が取ったらその関連のネタ(研究対象や手法)を科研費の申請書に仕込もう!』なんて考えている研究者も多いハズ。

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Photo by Helloquence on Unsplash

日本発のノーベル賞が将来も出続けるようにするための秘策!?

僕の個人的かついいかげんな意見ですが、一番効果があるのは、科研費の予算を増やして、採択率を上げることなんじゃないでしょうか!? よく言われることですが、ノーベル賞の受賞理由となった研究はかなり昔に行われたことが多いのです(有名な例外は山中先生のiPS細胞)。新しい政策を始めるのもいいですが、以前蒔いた種が今収穫期になっているのであれば、昔からあった制度もうまく活用すべきでしょう(注7)。単に自分が応募する課題が採択されるチャンスを増やしてほしい、という下心がミエミエではありますが、実際に、複数のノーベル賞受賞者の先生方が、科研費の増額を求めておられます。

これもよく言われることではありますが、ノーベル賞は、最初は注目されなかったような研究が取ることが多いので、地味な研究テーマでも幅広く配分することが重要だと思うのです。もちろん、時流に乗った「イノベーション」や「AIを使った○○研究」や月に何かを打ち込むようなムーンショットな研究も、我が国の発展をすすめるためには必要なのですけれどね(注8)。

まとめ

僕ら研究者に、飲みの席で「ノーベル賞取ってよ〜」と言っても別にいいんですが(ええんかい!)、それって、身近なアスリートや作家に、「金メダル取ってよ〜」とか「芥川賞(直木賞)取ってよ〜」なんて言うみたいなもんで、気軽な応援のつもりでも、本人はほんの少し傷ついているのかも? まぁほとんどの人はほとんど諦めてるのでなんとも思わないんですが(僕も当然その境地に達してます)、心の隅にはどこかに「いつか突然僕の名前もプロ野球のドラフト会議でパンチョ伊東に読み上げられるかも」という気持ちを持っていたいものです。

最後に

今年も(俺たち研究者の間でだけ)様々なドラマが繰り広げられたノーベル賞ウィークが終わるにあたって、僕らがいつもズッコケるあの手のニュース速報にオマージュを捧げて、イエモン(THE YELLOW MONKEY)の名曲、「JAM」をどうぞ。

日本人はいませんでした〜♪ (4:10頃)

注1:ノーベル賞を取るくらいの立派な業績を残した先生ならば、そのお弟子さん達も素晴らしい人たちが多くてさらに孫弟子の皆さんも多いです。また、研究成果の影響力が大きい仕事が選ばれますので、関連分野、共同研究者(とそのまた共同研究者)となると、ものすごい広がりになります。

注2:正式名称は「Physiology or Medicine」なのでどうみても生理学・医学賞なのですが、「医学・生理学賞」と呼ばれることの多いこと多いこと。語呂の差なのかなんなのか。しらんけど。

注3:フランシス・アーノルド先生(2018年化学賞)のときはマジで僕のデスクに新聞社から電話がかかってきました。「人工酵素の発明で」と言われて、ん?と思ってtwitterで調べたら(僕のTLはすごい人ばかりです)、「酵素の指向性進化法(directed evolution)」だったので、アーノルド先生の直弟子の某先生をご紹介して差し上げました。今年はどちらも全く関係がない分野だったので発表後すぐにデスクを離れました!

注4:科学研究費助成事業 審査区分表(以下URL)の総表の一番上と一番下をコピペしただけです。特に意図はありません。

注5:実は大隅良典先生が博士号を取られたのは、何を隠そう、他ならぬ、私のいる研究室なのです!! とはいっても5代も前の初代教授の頃の話で、先生の受賞理由とは全く関係なく、大隅先生との研究上での直接的なつながりはほとんどありませんが。一度だけパーティでご挨拶したことがあるくらいです。その頃の論文へのリンクを以下に置きます。コリシンなんですねー(分かる人だけうなずいてください)。

注6:科研費の審査のしくみについて簡単に説明しますと、研究計画調書は、その研究に近い分野の研究者が複数で、匿名で審査して、その結果をもとに採択が決定されます。これはピア・レビューと呼ばれるシステムです。芥川賞や直木賞は、審査される作家の先生方が、名前を出していろいろコメント出されてますけど、あれってすごいプレッシャーだと思うんですよね。。

注7:ちなみに科研費の制度が創設されたのは1939年、総予算は2,671億円(2019年)、採択率は2011年度の28.5%をピークに徐々に下がり2018年度は24.9%、総採択件数は25,796件、1課題あたりの平均配分額は217万円(いずれも2018年度)だそうです。

注8:極論を書いてしまってすみません。結局、研究予算配分はバランスが大事。政策に関わる皆さん、お疲れさまです。

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