東大生は「勝ち組」なんかじゃない、かも。
入学したての浮き足だった1年生や世間を見ていると、表立って語らずとも共有されている「暗黙の了解」があるように思います。
それは、
東大入った俺(私)は「勝ち組」である
という思想です。言い換えれば、「エリート意識」とも呼べるでしょうか。
実は東大では入学ガイダンス後(初めて駒場キャンパスに行く日)にアンケートが実施されるのですが、そこに
「自分はエリートだという意識を持っていますか?」
という質問があります。これを聞くってなかなかすごいですよね。。
アンケート結果は見ていませんが、これは大学側が「東大入れば勝ち組」だと認めていることの1つの証ではないかと思います。
また、就活中、ある企業の東大OBに、
「うちの会社のインターンに学生紹介してって教授にもお願いしてるんだけど、東大生は優秀だから就活ギリギリでも間に合うだろうって思ってるらしくて、全然周知してくれないんだよね。だから皆に宣伝しといて!」
と言われたこともあります。
東大の教授陣にそういう考えの方がいらっしゃるということで、話を聞いたときはビックリ仰天してしまいました。
このような実情を踏まえつつ、本日はそもそも論として「東大に入れば『勝ち組』なのか」という問いについて考えてみたいと思います。
最初の問に戻ります。
東大生が「勝ち組」かどうかを判断するためには、「勝ち組」の定義を定める必要があります。
「勝ち組かどうか」の基準を一言で極論すれば、「卒業してから死ぬまで、平均年収より『圧倒的に』稼ぐこと」と言えるだろうか。
これを達成できれば、ひとまず世間でよく言われるところの「高いステータス性」とか「豊かな生活」は担保されると考えます。
もう少し詳しく考えます。
「圧倒的に」稼ぐとは、どのくらいでしょうか?
転職サイトdodaのデータによると、日本人の平均年収は30歳時で444万円。
また、Openworkの調査によれば、東大卒の30歳時年収は平均810.9万円。
つまり、平均年収の約1.8倍です。
これを念頭に、世間一般に描かれる「勝ち組」のわかりやすい例として、
・湾岸のタワマンに住んでいる
としてみましょう。(皆さんのイメージと違ったらすみません)
せいぜい考えるヒントとするくらいなので、他の条件は考えないことにします。条件を
湾岸タワマン: 60㎡、25万/月=300万/年
とし、この3倍を理想の「手取り」とすれば900万。
とすると、税金分を戻した年収1300万程度が理想の「年収」として算出されます。
東大卒の30歳時平均年収が810.9万円とし、既婚で配偶者が同い年の30歳、平均程度の年収(=444万円)とすれば合計約1250万円となる。
これなら、湾岸のタワマンにも一応住めそうな計算になります。
意外とこんなものか、と思いませんか?
確かに世間的に言う「いい暮らし」はできそうですが、これはあくまで「いいマンションに住める」と言うだけのものです。
少し計算しただけでも「思ったほどは稼げないんだな」という事実に至ります。
(この額でも十分すぎる程ですが)
というのも、首都圏の東大生は小学校4年生くらいから塾に行き、難関中学に入って鉄緑会に入会。そのまま勉強し続けて東大合格というステップを踏むのが一般的です。
つまり、極端に言えば10歳以降の人生の大部分を受験勉強に費やし、並々ならぬ努力を重ねてきた人たちなのです。
私は東北の田舎で生まれ育ち、小中高ともに公立だったのでそういう事情を友人から聞いた時は衝撃を受けたものでしたが、いわゆる有名中高卒の東大生が今までの人生のほとんどを費やして獲得したステータスに対し、日本人の「平均」の1.8倍しか稼げないというのもまた驚きの結果ではないでしょうか?
もっと言えば、幼少期から乗り気でもない受験勉強をさせられ、周囲との競争の中で勉強に身を投じてきた結果が「平均1.8人分」で本当に妥当なのか、と考えてしまうくらいです。
確かに、私は中学受験を経験していないので、中学受験で培われた思考力が生きるベースになっていると言われれば否定することはできません。
しかし、単に「お金を稼ぐ」という点においては、東大生といえども平均の倍程度しか稼げない事実はこの社会のリアルとして覚えておいてもいいでしょう。
結論としては、「東大に入るとお金を稼ぎやすいのは事実だが、お金を稼ぎたいから東大に入るのがベストとは言い切れない」ということになります。
つまり、お金だけを見れば必ずしも東大生が「勝ち組」とは言えない、ということなのです。
※そもそも筆者は「お金」だけの観点で「勝ち負け」を議論すること自体に意味はないと考えております。