サカナクション15周年で何故か自分の15年を振り返った話
写真は北海道オホーツク地方にあります東藻琴の芝桜公園です。天気が悪いのがちょっと残念ですが、良い所ですよ^^
それは置いといて、先日サカナクション15周年のスタジオライブ配信を直ったパソコンを用いて視聴しました。そしてテンションが上がった私はファンクラブに入会するということをしてしまいました^^
15周年と聞いて、何故か自分の15年間をボーっと考えることが多くなりまして、サカナクションの思い出も交えて語っていこうという記事になります。
最初に、私はサカナクションの音楽が好きということが大前提なのですが、それ以外にも(勝手に)親近感を覚えることが多いので、そう感じる箇所を列挙していきます。
・メンバーが北海道出身であり、尚且つ私と同世代である。
・15周年ライブのトーク部分にて、「東京に出ようと思ったときに既に27~28歳になっていた」という部分が、28歳でようやく理学療法士免許を取った自分と勝手にダブる。
・私も仕事が14~15年目程度であり、勝手にシンパシーを感じている。
・・と言ったところでしょうか。それではここからはワタクシの若き日の話とサカナクションとの関係にお付き合いくださいませ★
・・・大学卒業後、就職した会社をすぐに辞めて完全に人生グダグダモードで路頭に迷っていた私は、一大決心をして札幌にある専門学校に入学しました。(当時すでに24歳、、)
勿論クラスメイトは18歳~19歳の若者たち。こりゃあ完全に浮いているなあと感じつつ、いい年だったのでバイトもせねばいかず、授業が終わってから鬼ダッシュで帰宅。日付が変わるまで(下手したらAM2時とか)バイトという日々を過ごしておりました。(人生最大の頑張りを見せた4年間でした。もう二度と出来ん(笑))
そんな中でしたが、入学当初から私に話しかけてくれた若者がいたのです。名前をK君と呼びましょう。K君とは勿論6歳離れていましたが、そんなK君との共通の話題が音楽でした。
スーパーカー、くるり、YMO、レディオヘッド等、K君とは年の差を忘れて本当に話題が合いました。K君をきっかけに他のクラスメイトともすぐに仲良くなることが出来ましたが、音楽の趣味がここまで合うのはK君だけでした。
そんなわけで、入学前の予想とは異なり割と楽しくも忙しい日を過ごしていた私ですが、専門学校3年生の時、K君から
「すがちんさん、ライジング行きませんか?」とお誘いを受けたのです。
私はそれなりの音楽好きではあったのですが、そのようなフェスには行ったこともなく、最初はビビっていましたが、勇気を出して参戦することにしました。
薄れていく記憶を頼りに書いていますが、恐らくその年(2006年)がライジングスターにデビュー前のサカナクションが出た年だったのです。
K君は「すがちんさんが絶対に気に入るバンドがあるよ」と言ってサカナクションのステージに連れて行ってくれたのです。今考えてみると、当時でサカナクションをチェックしていたK君は、何と最先端の音楽情報にアンテナを張っていた若者だったのでしょうか。。
だがしかし、後のサカナクションの活躍など当時想像も出来るはずがないワタクシすがちん、「おおーかっこいいし自分好みだわあ・・」とは思いましたよ。でもそれだけで終わってしまったのです。なんと馬鹿な。あの時もっと一生懸命見ておけよ自分、、このばかちんが!と金八気分です。
その後K君はサカナクションのアルバムを貸してくれたりしました。恐らくそれが「GO TO THE FUTURE」だったのだと思います。。が、薄れていく私の記憶では正確に思い出せないのです(ばかちんが!)。
当時の私は「サカナクションはかっこいい」「自分好みである」という気持ちにはなったのですが、大ハマりするわけでもなく、卒業してK君とも離れ離れになってしまったのでした。
・・・そこから急性期の病院勤務に入った私は、あまりの忙しさにどんどん音楽から離れて行ってしまいました。その後の転職、仕事、結婚、約5年前からの育児という日々に忙しく振り回され、優雅に一人で音楽を聴く時間は皆無となっていました。サカナクションとは大昔に一度邂逅したのみで、その後殆ど接点も無い状態でした。(というか、音楽を聴くということから徐々に遠ざかっていったのかもしれない)。
サカナクションとの出会い自体は15年前にしていたという驚きの事実。
今考えると寂しいのですが、30代は新しい音楽を聴くというよりも、自分が青春時代に好きだった音楽を延々と繰り返し聴いているという感じでした。
勿論サカナクションが活躍しているのは知っていたし、「セントレイ」「アルクアラウンド」「アイデンティティ」ぐらいは知っていました。サカナクションかっこいいなあと思いつつ、まだ大ハマりするには至らず(今考えると不思議や・・)
・・・そんな私に転機が訪れたのは、何と一昨年の秋です。どんだけ時間経ってるんだよ、、と自分が一番びっくりです。ここからサカナクションとの奇跡の再会となるとは自分でも想像もつかず。人生何があるかわからない。
今から4年前、30代後半の頃、職場から科長になることを言い渡されました。当時の自分としては素直にうれしかったし、頑張ろうという気持でいっぱいでしたが、移動先の事業所でのパワハラ上司と激務にすっかり心と体が悲鳴を上げ、退職まで考えたことがありました。
運よく元々の事業所に戻してもらい、役職は下がりましたが今の自分にとってはそんなことはどうでも良く、1~2年かけてようやく心と体のコンディションが整ってきたという感じでした。
・・・会社との付き合い方は完全に割り切ったものになり、これからは自分の楽しみのために時間を使おうと、ようやく前向きになっていた所でした。
そんな時、ふと
「音楽でも聴いてみようかな」
と思ったんです。気が付いたら近所の 〇ックオフ(笑)でサカナクションの「DocumentaLy」を手に取っていました。(そういえばK君元気かな?とか思いつつ、、)
これがサカナクションとの運命の再会だったのです。何故「DocumentaLy」だったのかというと「アイデンティティ」が収録されていたから(笑)、という初心者オブ初心者の理由でした。
早速車内で「DocumentaLy」を聴いてみたのですが、本当に素晴らしくて、本当に久しぶりに音楽で感動したし、「何故今までサカナクションをチェックしてこなかった!」と自分を殴りたい衝動にかられました(笑)
何より、当時40歳にしてここまで音楽で若い頃のように感動できたということが嬉しかったです。
そして私は冬のボーナスを用いて「魚図鑑」を購入。一昨年の冬の出来事です(2020年だよ既に・・)。
お恥ずかしい話ですが、2020年に「ミュージック」やべえええ!!とかほざいていた男は私です。
そこからは怒涛の如くアルバムをコレクションし、最後に「懐かしい月は新しい月」をゲットし、コンプリートするまでに至りました。余談ですが、このディスク2のAme(B)SAKANATRIBE×ATM versionが死ぬほど好きです。延々と聴いていられる・・・
その後は以前の記事に書いた今年1月の札幌のライブへの参戦に繋がるわけです。そしてファンクラブにまで入ったということです。
サカナファンとしてはかなりの新人ですが、出発が遅れた分、これから末永く応援していきたいと思っています。
気が付けば過去最大の長文となってしまいました。このような特殊な経過をたどった魚民もいますよ、ということで、サカナクションの15周年と自らの15年を振り返ってみたという記事でした。
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