戦ってるのはウィルスなのか、正義の味方なのか。
ユウカがフロアをのぞくと、客はいつもの半分くらいしかいなかった。
自治体が自粛を呼び掛けたり、会社でもそういった場所を接待に使うということが避けられるようになっていた。
そもそもお店にでている子たちからも、「もう出勤はしたくない。感染したら怖いから嫌だ」そんなこともちらほらと言われていた。
雇われママのミユキさんも「閉めた方がお店の評判だって上がりますよ」と言っていた。
ユウカはアキに「あなたはどう思うの?」と訊かれて、さんざん頭を悩ましたけれど、どれだけ考えてもユウカにはわからないことが多すぎた。
結局、自分の意思なんていうものはどこにもないんだ、ということに気づかされた。
自分なんかより、頭のいい人の言うことを訊いておくのが、一番いいんじゃないか。
ユウカは、アキとミユキさん、2人ともとても尊敬しているけれど、尊敬する部分は違っていた。
アキはユウカにない発想を持っている。いわば非常識人。
ミユキさんはその真逆で、ユウカにとっていつもお手本になるような常識人だった。
今回のこの件に関しては、ミユキさんが正しいはずだ。
ここで閉めないなんて、反社会的できっと批判も集まるだろう。
アキは少し人と違うことをやりたがる。だから今回もかたくなに「閉めない」と言っているんだろう。でもそんなことをしていたら、ミユキさんの言う通り、お店の評判は下がるに決まっている。
将来みすみす困るという人を見捨てるほど、私は恩知らずじゃない。
「助けてあげなきゃ!」そんな想いがユウカの中で湧き起こっていた。
「ユウカ、何してるの、はやくフロアに出なさい」アキがふたたびバックヤードにやってきた。
「ちょっといいですか。まだ今のお客さんの人数なら女の子足りてると思うし。アキさん、やっぱりお店閉めた方がいいと思うんです。ね、ミユキさん」
自分の意思がないユウカは、近くにいるミユキをどうしても頼りにしてしまう。
「人と会うのがNGなんて、すごい時代になったものね。あなたたち、本気で言ってるの? 私はあの病気に対して、何が有効な対策なのかよく知らないし、あなたたちが言ってることが正しいのかもしれない。
でもね、わたし一つだけ決めてることがあるの。みんながやった方がいいよね、って言うことはやりたくないし、みんながやらない方がいいよね、ってことはやりたいと思う」
ユウカは、「ほらきた」と思った。アキはなんの根拠もなく、ただ人と違うことをする自分に酔っているだけなんだ。
「アキさん、アキさんのそういうところ、わたし好きですよ。それがアキさんの魅力だと思うし。でも、今回のことはまったく別物だと思うんです。緊急事態なんですよ。政府も言ってます。そこで反発するなんて、単なる子どもの我儘と一緒じゃないですか」
「わたし、永遠の14歳だからね」
「もう、そんな悠長なことを言ってられない状況ですよ! はやく閉めないと……」
「はやく閉めないとどうなるの?」
「感染者がでるかもしれない。そうなってからじゃ遅いですよ」
「じゃあ、お店を閉めたからって、女の子たちの感染リスクを減らせるの? お店にこなくても外にはでるだろうし。目には見えない厄介なものを、なんとなくの制限で抑えられると思う方が非科学的よ」
「でも感染したら、死んじゃうかもしれないですよ」
「そんなこと?」
「そんなことって……!!」
「ふぅ。あなた達と議論するのも疲れるわ。でも、本当は病気なんかよりも、もっとキツイやつが待ってるかもしれないわね」
「キツイやつって何ですか?」
「まぁ、そのうち起こるわよ。あなたたちみたいに心の中で正しいと思うことを実行することが多いときにね」
フローラが時短営業をし始めて、2日後のことだった。
同じブロックにある、夜のお店の利用者が感染者として報告された。
お店は即刻保健所が立ち入り消毒を開始し、従業員全員検査を受けた。
そして、従業員のおよそ半分、15人が感染していた。というニュースが報道された。
その日から、その夜のお店は休業になり、従業員は全員隔離が命じられた。どこで調べたかわからないが、お店の実名がSNS上にさらされ、みんなが我慢しているこの時に、店を開いて日本をどん底に導いた馬鹿者として、相当なバッシングを受けた。
我々近隣のお店も、当然無関係でいられるはずもなく、客足は激減した。
さらに、追い打ちをかけるように、店の外で案内をしているボーイさんに対して、暴言や敵意をむき出しにした視線、またはお客さんの見送りに出た女の子に対しても、遠くから「さっさと店閉めろ」という心無い言葉も。
「ほら、アキさん、私が言ってた通りになってきたじゃないですか。はやく店を閉めた方が、店の評判は上がりますよ。きっと、一時的なものですから」
「病気にかかったらどうなるの? 死ぬだけでしょ。流行り病にかかって死ぬことが、そんなに嫌なこと? 交通事故にあいたくないから一歩も外にでない? 人間いつかは死ぬんだから、何を今さらそんなに恐れる必要があるの。私は前にあなたに言ったわよね。30過ぎたらどんなふうに死を迎えるのがいいのか、少しくらいは考えなさい、って。流行り病で死ぬのもひとつの死に方よ。でも今起きてる問題は、ぜんぜん別のことね」
ユウカにはアキが何を言っているのか、まったく理解ができなかった。交通事故とか話が飛躍しすぎている。ミユキさんも政府も世の中も、みんながそう言ってるのに……。
ユウカはこの時はじめて、聞き分けの悪い子どものようなアキに苛立ちを覚えた。
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