キャバクラで嫌われるタイプのお客さん
「ユウカさん、2番テーブルです。指名の山本さんです」
「はい、OK」
週末の「クラブ・フローラ」はお客さんでいっぱいだった。
一見の客はほとんどいなくて、ほぼ常連で埋まっている。
ユウカを指名したのは、1か月前から頻繁に来てくれるようになった40代くらいの独身のおじさんだった。
「山本さん、また来てくれたの嬉しい~!」
「あはは、今日は仕事も早く終わったからね。だから突然来て驚かせようと思って!」
「そうなんだー。でも、今度からはサプライズする前に、私に連絡してね。そうしないと席の準備とか大変だから。ほら、今日はいっぱいでしょう?」
「へっへへ。そうだね。でも、僕はユウカちゃんにしか興味がないから、他の席のことは気にならないよ。ユウカちゃん一筋だから!」
……ユウカは心の中ではぁとため息ついた。
お店のシステムをお客さんに説明するのは、キャストの役目ではあるんだけど、なんか説明しても伝わるかどうか不安だ。
お客さんがどのキャストの本指名の客か? によって
女の子に入るボーナスの金額も変わってくる。
事前に連絡をくれて、指名なり同伴出勤なりをすることで、女の子にボーナスが入るシステムを「クラブ・フローラ」では採用しているので、突然サプライズで来られてもキャストは困るだけだ。
「じゃあ、ユウカちゃんを指名で!」
山本さんは、ユウカを場内指名することで1時間の指名代を払うことをボーイさんに伝えた。
指名代は店によってバラバラだけど、だいたい3,000円くらい。
「クラブ・フローラ」は高級店と大衆店の間くらいだから、基本の料金は
あまり高く設定していない。
でも、山本さんには、ユウカのためにお金を支払った感覚が生まれたことで心が少し重くなった。
「これで、また面倒くさくなりそう……」
当然、女の子には拒否権はない。
たった3,000円で、そんな気持ちが大きくなられても困るのだか、
ここは、店のために頑張るしかない。
多くの男性が誤解していることがあるのだが、こういう夜の店で働いている女の子はみんな、どこか不幸な生い立ちで、お金に苦労しているから働いているんじゃないか? と思う人が一定数いる。
ひとつ言っておきたい。
いるかもしれないけど、それは全員じゃない。
そんな架空の想像上のキャバ嬢に入れあげたければ、入れあげればいいと思うが、その妄想を自分にあてはめようとするのはヤメてほしいと思う。
「ユウカちゃんさぁ、今度お店が休みの時に、USJに行かへん? 今度イベントがあるんだって。たぶん、ユウカちゃんも気に入ると思うんよ」
「えー、USJ。私行ったことない~。すごい、嬉しい!! でも私、兵庫に住んでるからどうかな。仕事忙しくて休みとれないし。夜、店が始まる前にちょっとだけならいいよ」
「それじゃあ、USJの魅力が100%わかんないよ。東京出身のユウカちゃんにUSJの楽しみ方を教えたいなぁ。もちろん、お金は全部僕が出すし」
USJで遊んでもせいぜい1~2万円なんだけど、最後のお金は全部僕が出すし、というのをやたら強調してくる山本さんの言い方に、ややうんざりした。
銭の街、大阪では、すべてお金で換算する。
そんな習慣がユウカにもいつしか身についてきた。
「それで、このあいだの返事なんだけど、どうかな?」
「あー……。まだちょっと考える時間が欲しいかな」
山本さんは、このあいだ同伴出勤した時に、ユウカに告白してきた。
「ユウカちゃん、僕は本気であなたを幸せにしたいと思ってる。僕と一緒になってくれたら、お金の苦労はもちろんさせないし、ああいう所で働かなくてもいいように生活の面倒は一切僕が見てあげる」
OL時代、毎回ときめいていた男性からの告白を、冷静に受け止めている自分にユウカはすこし驚いていた。
(あれ? あたし不幸な女の子と思われてる?)
そんな感情が生まれたユウカはその時もげんなりとしたが、今回もなんとなくうやむやにしたかった。
(はぁ……早く1時間過ぎないかな)
結局、その後、場内指名を2回繰り返した山本さんと、合計3時間を過ごすことになった。
最後、山本さんを見送りするとき、ユウカは心底ホッとした。
「またね~。今度はちゃんと連絡してね!!」
「うん、わかったよ。そいじゃあね」
終電に乗り遅れないように小走りで駅に向かう山本さんの背中がどんどん小さくなっていった。見えなくなるまで見送るのがルールだから、お客さんがタクシーじゃないと、ちょっと辛い。
その日の夜食は、以前Mariちゃんと行ったミナミの焼肉屋に再び来ていた。
「あー、もう、ホントに頭きちゃう! なんで私のお客さんってこんな面倒くさいお客さんばっかりなの! この仕事、体は疲れないけどさ、心が疲れるっていうか」
「おー、ついにユウカちゃんも、だんだん私たちの気持ちがわかるようになってきたんだね!」
アフターのない女の子たちと4,5人で連れだって、今日のお客さんについてあれやこれや話していると、自然と時間が経つのも早い。
「ホントに疑問なんだけど、みんなどうしてるの?」
「ん? 何が?」
「お客さんを惚れさせるのは、こうすればいい、っていうのはわかるよ。私だってそれなりに経験を積んできたんだから。男心をくすぐるくらいわけないわよ。でも、問題はその後なのよ」
「で、何が?」
「惚れさせた後よ。惚れさせた後、お客さん全員面倒くさくなっていくの!!」
「あー……笑」
そこに同席した女の子たちは全員顔を見合わせて笑っていた。
そして、Mariちゃんが口を開いてくれた。
「それはね、ユウカちゃん。惚れさせ方が悪いのよ」
「惚れさせ方?」
(イラスト:ハセガワシオリ)