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短編:【癇癪玉の味】

「この薄い水色の玉は、どんな味ですか?」
若い女性客が声をかける。
「こちらは、3歳男児の駄々ッ子です」
カウンターにズラリと並ぶ小ぶりな小瓶。そのひとつ一つに、ビー玉くらいの丸くて色取りどりのモノが入っている。
「駄々子玉なので、親の気を引くための、申し訳程度な感情、欲求と涙が配合されています」
微笑の女性店員が説明する。
「薄い感情かぁ…」

色、大きさで感情が視覚化された、通称『癇癪玉』。それを販売しているお店『玉の家(TAMANOYA)』。

「少しだけガツンと来る感情、ありますか?」
「こういったお味はいかがでしょう?」
女性店員は、黄色と薄い紫が混じったマーブル模様の玉が入った小瓶を手に取る。
「幼稚園年長さん女児、気づき始めたこの世界の楽しさ、ほんのり知った初恋の甘酸っぱさと、その弾けるお味…」
「甘酸っぱさ?」
「レモンと言うより、ベリー系にも似た爽やかさになります」
説明を聞き味の想像を巡らせる。チリチリする脳内の感覚。
「幼い頃に味わったこと、ありそうですね」
他者が受けた感情の記憶を味わう。それが癇癪玉。

「このギュッと小さな黒に近い…赤い玉は?」
未知を味わう。これも癇癪玉の醍醐味。
「あぁ。これは4歳男児の…」
店員さんが、ノートを見て確認している。
「こちらはかなりガツンと来そうですね…」
「4歳で強い感情の爆発があった?」
笑顔の女性店員。目が笑っていない。
「あの〜すいません…」
奥の方で別のお客さんが呼んでいる。
「ちょっと失礼します…」
接客に向かう女性店員。
「4歳男児の強い感情…」
小瓶を手に取り、店内の照明にかざして見る。
「赤の中に少し、白?水色?」
シンプルに赤黒かと思えたが、他にも違う感情が混じっている様子。

「失礼しました、えっと…」
奥のお客さんが購入したため、続きを聞く。
「この玉には、何が入っているんですか?」
「そうですね…見てはいけないモノを目撃してしまった深い闇、鮮烈な赤い光景…」
「ほんの少し、水色も見えるのですが…」
「…涙」
ふたりで無口になる。
「かなり深い味わいのような気がしますね…」
「ちょっとした刺激というよりかは…相当ガツンと来るかと思います…または、味わったことのない重い悲しみ…」
「4歳児の重い感情…」
女性客は悩んでいた。
「お客様は何度も足を運んで頂いていますが、まあ、言うなれば、癇癪玉に不慣れなお客様にはオススメできない、クセになる深い感情の玉かと…」

「う〜ん、癇癪玉は難しいですね、試食もできないし…」
「色と大きさで感情を想像し、試してみる…子どもの感情を大人が味わう、いわば、そこが非日常で一期一会の至極な嗜好品ですから…」
一度、赤黒の小瓶を戻す。
「そうですね。まあ、今日はこの濃いオレンジ系にしておきます!」
「3歳女児の嬉しい感情が詰まった逸品ですね。ご自宅用でよろしかったですか?」
「ええ。部屋に籠もって、週末、映画観ながら気分転換に味わおうと思って!疲れを癒やすのに少しガツンがイイかな、って。今週も頑張った自分へのご褒美に最適です!」
「フフ、毎度ありがとうございます!店名のTAMANOYAは、オーナーが『癇癪玉はクセになるから、たまのやで〜!』と言っていて付いた、なんて噂があるんですよ!」
「そうなんですか!?知らなかった!」
「たまに味わうからイイ。あくまで噂ですけどね…」


週末に癇癪玉を味わった、その女性客は、週明けに再び来店した。

「こんにちは。…あの赤黒の玉、売れちゃったんですね」
カウンターのラインナップを見ている。
「ええ。土曜の夜に…」
「結局、あの感情って…」
女性店員は、ニッコリ笑ったまま笑顔を崩さず囁いた。
「三週間前、郊外の一軒家。幸せな家族の惨殺。ひとり生き残った目撃者。4歳の少年…」
笑顔で語られる言葉の断片。
「日曜の夜、昨晩再び、都内で一軒家が襲われましたでしょ?」
違う話が展開される。
「だから不慣れな方には、オススメできないと申しあげたのですが…」
フフフと笑っている女性店員。
「残念です…」

感情と言葉、表情が絶妙に狂っている。
「…今日はどんなお味をお求めですか?」

     「つづく」 作:スエナガ

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