短編:【お城に住むおじさん】
「ごめんくだされ!」
深い深い山の城。旅装束の若い男が立っている。
「はいはいはいはい…」
ずっと奥の方から返事を続けながら入口まで走ってくる人影。
「申し訳ない。旅の途中で道に迷い…」
「それはえらい難儀でしたな〜」
異常に頷きの多い“おじさん”。
「大変恐縮なのだが、一晩泊めてはもらえぬか?」
おじさんは、ニコニコと答える。
「ええ、ええ、ええ、ええ。ええですよ。この城にはぎょうさん部屋がありますからな、問題あらへん!」
さぁさぁ、と城内に招き入れる。
部屋へと案内をする道すがら若い男は律儀に申し出る。
「こちらの城主殿にご挨拶をせねば…」
「へぇへぇ。それならご心配なく」
「あなた様からご伝言頂ける、ということですかな?」
先を歩くおじさんは振り向いて告げる。
「伝言も何も…この城に、人は私しか住んでおりまへんので…」
若い男性は驚愕する。
「これだけ広い城に、あなた様、ひとりだけ!?」
見たところ、城主というより側近、お世話係?
「ん〜、のちほど夕食でも摂りながら…話すと長いので」
そういうと、2階中程の部屋の前で止まる。
「こちらのお部屋をお使いください…」
「大変助かる!」
「え〜っと。では、2時間後、5階にお越しください」
「2時間後、5階」
「大広間がありますので、そちらでお食事を」
「何から何まで…」
言葉を遮るように付け加える。
「あ、それと!」
少しアゴを引き若者を睨むように伝える。
「時間になるまで、…決して部屋を出ないように」
ここまで歩いて、2階だけでもドア数は13ほどあった。
おじさんと別れて部屋に入る。ベッドがある。シーツは畳んだ状態で、物の少ない部屋の中はキチッと整頓されていた。
「…広い」
旅の荷物を部屋の隅に立てかける。
「2時間後、5階…」
もう一度口に出しインプットする。
「着替えて…」
部屋の片隅を見ると、シャワーとトイレも完備している。
「少し休もう…」
意識が遠のく瞬間、遠くで狼の遠吠えが聞こえた気がする。旅の疲れもあって深い眠りに付く。目覚めると窓外の山が黒いシルエットに変わっていた。
「しまった、寝過ごしたか!?」
懐中時計で確認をする。あれから1時間40分。
「良かった、約束に間に合う…」
念の為ドアを開いて左右を確認。
「部屋を出るなと言っていたが…大丈夫か?」
急いで5階へと向かう。
「少しは休めましたかな?」
5階の大広間には、すでにおじさんが座っていた。
20人は座れる大きなテーブル。その真ん中、向かい合わせに2人分の食事が用意されている。
「おかげさまで…あの、この食事…」
「へえ、私がご用意致しました」
「おひとりで!?」
「それはそうですよ、人間は私ひとりしか住んでおらんのですから…」
詳しいところを聞かなくてはいけない。
「なぜおひとりで?」
「まあまあまあまあ…」
向かい合わせに座ったおじさんが、ボトルワインをグラスに注ぐ。
「元々、このお城にもお偉いさんが住んでおりました」
「そうでしょう、これだけ大きな城だ…」
「私はね、ここの使用人だったんですよ」
「…使用人!?」
やはり、と合点が行く。
年齢や身なり、行き届いた部屋の管理、料理の腕前。
「もう20年ほど前ですか…城主のご家族が街に出かけたきり、戻らなくなりましてなぁ…。なんや山賊や山に住む動物の仕業か…。もちろん行政に連絡して、状況を確認したものの、お待ちしていても何もわからない…」
「なるほど…」
おじさんはワインに口をつける。
「私以外にも数名の使用人やシェフなどもいたんです…皆で城主ご家族のお帰りを待とうと城を守っていた。ところがですよ…あ!…料理が冷めないうちに、ささ、どうぞ食べながら…」
忙しなく手を伸ばして進めるおじさん。
「この城に、魔物が住んでいたんです。ここを建築した最初の城主、その怨念。私以外の使用人は、全員死んでしまった…」
「なんと!」
グラスを回しながら、もう一口ワインを飲む。
「私ひとりで住むようになって、もう5年が経ちます…」
若い男性客は、料理を頂きながら考えている。
「その…山の周辺には山賊や凶暴な動物、城の中には怨霊…あなた様は20年もの間、むしろひとりになってからの5年間、なぜ、ご無事でおられたのですか?」
ふう、とため息をついて、おじさんは語りだす。
「旅の人、道に迷ったとおっしゃったが…」
「ええ、いかにも」
「この城はね、と〜んでもない秘密がありましてね。さきほどこの城を建てた最初の城主を魔物と申しましたが、実はね、…他の惑星からやって来たエイリアンだったんですよ…」
「エイリアン?異星人ということですか!?」
「人と呼ぶのもおこがましい。異星生物。そして奴らはね、この場所に他の人間を近づけぬよう、周辺の土地という土地を、不規則に、だいたい2時間毎かなぁ〜、変える設定をしていたんですよ。そう、まるで砂浜で書いては消しているようにグチャグチャ〜っと…」
「だからここを出ると戻ってこられない?」
「そう。その上で残った人間を排除した」
「排除…」
「私以外が消えた時、もうダメだと諦めかけた。しかし死にたくない、死にたくないなぁ〜…と強く念じた。そしたらね…」
下を向いてクックックと笑っているおじさん。
「悪魔に乗っ取られてしまってね。悪魔に魂を売って契約を結んでね、すべて奴らを追っぱらってもらってね!」
突然立ち上がって、ウオーと大声を出す。
「その悪魔の器が古くなってねえ…動きが悪くなった!だから若者をひとり、お前を招き入れたんだよ〜!」
ビリビリと周囲を震わす。
「…なんてね」
「え?」
「はい、皆さん〜エエですよ…」
部屋の外にいた人々がぞろぞろ入ってくる。その数、十名弱。
「あ、え?コレは?」
「まあ、何もない山の中です。余興も大事ですから…」
本当の使用人たちだろうか。フルーツやデザート、お酒とティポットを持って、テーブルにセッティングを始める。皆一様に無表情だ。
「記憶に残る楽しい晩餐を過ごして頂くためにね!」
翌朝、入口にはおじさんと使用人数名がお見送りに来ていた。
「一宿一飯の恩義、痛み入ります」
「ゆっくり休めましたかな?」
「楽しい余興のおかげで、この上なく」
「最後の晩餐です。思い残すことがなければ良いが…」
「でもなぜ最初、城主自らあなた様ひとりで迎えにいらしたのでしょう?」
おじさんは下を向いて笑っている。
「簡単なことですよ。城で働く皆さんは買い物やら料理やら掃除やらと忙しい時間。人が滅多に訪れないこの城で“一番ヒマだった”私が出てきただけのことです」
おじさん以外の使用人は精気がないように無表情で俯いている。
「では、部屋を出るなと言った理由は?」
「そんなん、あの余興の段取りを皆と共有し打合せてるとこ見られないための時間ですやん…」
城に入った時、食事の時におじさんが言った言葉が蘇る。
『この城に人は私しか住んでおりまへん…』
『人間は私ひとりしか住んでおらん…』
人でないモノ…。山賊、異星人、ゾンビ、悪魔に悪霊…。
笑っている。
「ほな、またのお越しを〜」
城を出る。昨日来た道を下っている。が、違う。
「…まさか」
道が変わっている。
「人としての最後の晩餐?」
城に戻ろうにも、いま来たはずの道も消えていた…
「つづく」 作:スエナガ