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短編:【巡り合わせの移動販売】
小さく静かな公園の、その脇に、ひっそりと移動販売車が停まっていた。
「どうぞ見て行ってください…」
まるで図書館の受付に座る静かなトーンで、こちらを見ずに女性が声をかける。
「希少…品?」
手描きで書かれた文字は、『貴重品』ではなく『希少品』だった。
「あ…キッチンカーじゃないんだ…」
話しかけるでもなくつぶやいた。
「ええ、希少品を扱う移動販売になります」
全面開いた車側面に突き出たカウンターには、大小様々なサイズのビニール袋が分類され、理路整然と並んでいる。
比較的小さめの袋をひとつ、丁重に持ってみる。
「龍の…鱗?」
希少品の文字と同じく手描きされたシール。金属ともプラスチックとも見当がつかないキラキラとした薄いモノ。
「ウチの商品、ほとんどが一品物なんですよ」
まっすぐ目を見て、女性が話しかけて来た。
「え、あの…龍の鱗って…その…」
「はい本物です。龍はご存知ですか?」
「もちろんです!あ、でも…その…空想上の生き物では…?」
女性は、他の袋を2つ3つ手に取る。
「ユニコーンの尻尾の毛。天使の落とした羽。コビトが忘れた手袋。ネッシーの第二小臼歯…」
一見すると、夢のある造形師が、リアルなサイズで精巧に細工した模造品なのではないかと思う。
「ユニコーンの尻尾はね、馬のそれとは違って…」
先程とは打って変わって嬉しそうに語り出す。
「…ほら」
太陽の光にかざすと、ピンクを基調としながら虹色に色調を変化させる。
「いやぁ、違った…ガセ情報だった…」
ガッチリした男性が女性の方に話しかけながら近づいてくる。
「あ、いらっしゃい!」
私に挨拶をする。冒険家のような格好の上からエプロンをかける。
「主人です」
「あ」
「私が店長。彼がオーナー」
女性はフフフと静かに笑う。
「河童の甲羅ではなかった。どこかの誰かが飼っていた大きな陸ガメの抜け殻のようでね…すっかりミイラ化していたよ」
日常会話のように不思議なことを言う。
「ただね、そのお宅の近くに大きな公園があってね…」
肩がけの小さなバッグから少し大きめの袋を取り出す。
「ジャ〜ン!ツチノコの抜け殻。呼んでいたのはコッチだったのかもな!」
少し切ってお財布に入れたらご利益がありそうだ。
「こう見えて目利き確かな希少品ハンターなんですよ」
妻の褒め言葉を聞き慣れているのだろう、ご主人は当然と言う感じで、品出しを続けている。
「SNSや番組、メールなどで届いた情報を頼りに直接確認に向かって、私たちが求める品だったら交渉をする…」
女性店主の話は的確で無駄がない。どうやらこの車は、お店としての役割と商品仕入れの移動手段としても使われているようだ。
どの袋にも値段はついていない。
「あの、これだけ珍しい商品を移動車で販売するのって、何だか不思議ですね…それに値段も書いていないし…その…決まった店舗で構えた方が…」
私の質問に意外そうな表情の女性店主。
「値段…と言うか価値ってね、必要とする度合いで変わって来るものだし、人から見たら何の値打ちもないものが、他の人にはとても重要なアイテムだったり。必要とする量も形状も違う。それにね…」
女性店主は愛おしいモノを見る目でゆっくり続ける。
「移動販売だから良いんです、…いや移動販売じゃなきゃいけないのかも。人やモノとの出逢いって、実に良く出来た運命なんです!例えばね、惚れ薬を作りたいと考ている女性が、偶然にこの店の前を通って、ユニコーンの尻尾を1センチ購入する…」
「え、惚れ薬って、ユニコーンの尾を入れて作るんですか?」
男性主人は恋バナを笑って聞いている。
「もちろん、ここぞという時には天使の羽根がベストよ!けどね希少度もグンと上がるし。一生添い遂げたいと願うなら、天使の弓矢の先端がオススメなんだけど…」
突然ケタ違いの会話となって、何をどこから聞いたら良いのかわからなくなる。
「モノが人を惹き付けることがあるんです。または人の想いがモノを呼ぶこともね。不思議と心が共鳴し合い自然と近づいてしまう。だから私たちは、モノが行きたい場所でお店を開くんです…」
「…そうなんですね」
男性主人も話に加わる。
「この移動販売カーの店名、“ランコントレ”って言うんです。“巡り合わせ”と言う意味のフランス語で…」
「あ!」
女性客は手描き看板を指差す。
「さっきから気になっていた、この“レンコン”のイラストって!」
女性店主が笑っている。
「“ランコントレ”、“レンコンとれ”。ま、似ていることもあり、未来を見通す意味で、野菜のレンコンをアイキャッチにしているんです…」
「その絵を見たから、キッチンカーだと思って近づいちゃった!でもシャレが効いていて、…私は好きです!」
つい笑ってしまう。
「失礼ですけど…」
女性店主が恐縮して話し出す。
「あなたがここを通ったのも何か、…ご縁かも」
偶然の巡り合わせ。つい弱音が出てしまう。
「…色々あって、疲れちゃって…仕事も人間関係も、一度リセットしたい気分になってたところで…」
女性店主が1つ2つと小袋を選ぶ。
「…ここらで…どうかな?」
目利きハンターのご主人も納得している。
「そうだね、ひと欠片お分けしてみたら?」
人を見定める奥さんと、モノを見極めるご主人。いいコンビだ。
「うん、イイ。少しお試し頂きましょう…」
水晶みたいなガラスのような、キラキラした破片。
「…これは?」
「イエティの涙」
「イエティ…雪男の涙!?」
「…の結晶ね」
ノミのような工具で削ぐように叩く。キンッというとても硬そうな高音。
「どうぞ、お代は結構!ひと欠片で充分、イヤなことも冷却してくれると思うわ!」
小指の先端ほどの欠片を、ピンセットで手のひらに。
「水飴みたいに、舐めてみて…ゆっくりね」
二本指で摘み、そっと口の中へ。
「ん!」
ブワッと風が吹き抜ける。
「凄い…一瞬で!え、モヤモヤしていた気分も吹っ飛んじゃいました!頭もスッキリして…あぁ、これ…本当に本物なんですね!」
男性主人が首を傾げて言う。
「ね、疑いも拭き飛んだでしょ?」
全面的に信じたわけじゃないという顔をしていたのだろう、すっかり見透かされていた。
「今度会った時は、何か買ってね!」
夫婦は冗談っぽくそう言ってニコニコ笑って手を振る。
運命の巡り合わせ、どこかで開店していても、近いウチ、また出会う予感。
「いや、会うな、きっと。すぐに…」
「つづく」 作:スエナガ