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短編:【曖昧な話】

「それほど好きじゃないかな…」
「それほど?」
「いや、嫌いじゃないけど…」

曖昧な人の会話。曖昧な返答。
人の生活は0か100かで割り切れるものではないが、かなりの確率でフワッとした曖昧な言葉で出来ている。

「前は好きだと言ったじゃないか!」
公園でカップルがケンカをしている。ケンカ?
「言ったけど、う〜ん、それほど…好きじゃないかも」
女は悪びれず。
「好きじゃないって…」
男はうろたえている。
「好きは好きなのよ。う〜ん、ポテチくらいに好き」
「ポテチ?」
「そう!タラモくらい好き!」
「タラモって…サラダの?」
「そう。タラコとジャガイモの和えた…」
「や、さっきからポテチとかジャガイモばっかり!」

はたから聞いたら笑えてくるが、当人は懸命である。

「あと…グミくらいは好き」
「今度はお菓子くらいってこと?」
「それくらいライトな好きってこと?…」

どのくらい好きなのか、その答えとしてはより具体的なような気もするが、そんなに好きじゃないが嫌いじゃない、比較的、好きよりの嫌い?

「ほらタコとかさ、イワシとかの魚介類はニオイや見た目がちょっと嫌だけど、食べたら美味しいじゃない。私、たこ焼きとか好きだから、タコとかは好き。それくらいは君のこと好きかな…」
曖昧ではあるが、好きにランキングを作っているようだ。

「嫌いじゃないけど、それほど好きじゃない…」
「好きよりなのは本当よ。それだけじゃダメ?」
「ダメとかダメじゃないとかじゃなくて…」
「え〜面倒くさ〜い!」

曖昧な言葉は人を傷つける。直球の言葉も大きな衝撃を与える。

電話が来る。
「え、今日のいまからですか!?」
仕事の依頼である。これから打合せが出来ないか、と言っている。
「わかりました…ちょっと出先なので、1時間後でよろしいでしょうか?」
正直、打合せに行くのは二の足を踏む。先日もこうして呼び出されて、何も決まっていない段階で打合せとなった。結果、無駄足だったのだ。

「だから…ニンジンだって、無くたってイイけど、あったら料理が美味しく感じるじゃない!だからニンジンは必要!」
カップルの会話が電話中に進んだようだ。…進んだ?
「つまり僕は、ニンジン程度には必要だけど、無ければ無くても良い存在?」
「美味しいのよ。ニンジンが入ることで味が良くなるから…」
なんとも意味のない会話。好きか嫌いか、近くにいて欲しいのか、いなくても良い存在なのか…

「もう私もわからない…ヒロ君が決めてよ!」
「だから、僕は好きなんだって!ちゃんと彼女として付き合ってください!」
男が勇気を見せた。
「え〜どうしようかな〜、嫌いじゃないんだけど…」
なんて意味のない返答。また振り出しに戻ってしまうじゃないか…

そのカップルはそんな曖昧な会話の、曖昧な関係のまま、街中に消えて行った。たぶん、私がこれから向かう会議室でも、似たようなフラフラした議論が繰り広げられ、何も決まらない打合せが待っていることだろう。
「え〜よくわかんなぁ〜い」
小さな声でつぶやいてみる。私には一生言うことの許されないフレーズだと感じた。

     「つづく」 作:スエナガ

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