【虚構読書感想文】Critically Endangered
注)ここに書かれた感想文の書名、作者、翻訳者等は実在しません。
書名:Critically Endangered(邦題:失われるものたち)
作者:エズリ・キシー(翻訳:斎藤洋)
■あらすじ
エンジニアであるリッケは、オリジナルの言語を作ることが趣味だった。十年以上かけて作り込んだ人工言語『ヴレンダ語』を、自作のAI『デビッド』に覚えさせ、会話を楽しんでいた。
コミュニケーションを重ねるにつれ、無機質だった言葉が有機的に変化してゆくことに興味を覚えたリッケは、十六歳の陽気な青年という設定であるデビッドに対し、背伸びしがちな五歳の女の子のAI『リディア』を加え、言葉の変化の幅を広げられるか実験を試みる。
オンラインネットワークと繋がったAI達とリッケのやり取りは、細く、しかし確実に世界へと広がり始めていた。
■感想
『言語を作る』とあったので、てっきり英語の文法をベースにしているのかと思いきや、主格の性別によって動詞や形容詞に性が付いたり、過去形と過去分詞の区別や三人称単数の概念が無かったりと違いが結構あるらしい。
中でも現実世界と大きく違うのが、この言語の中では十進法ではなく七進法で数を数えることだ。
作中では、単にリッケが『七』という数字が好きだったからという理由で七進法での世界観を作ったようだが、AI達は『七』のあとは位が変わることについて自分なりに意味付けを行うところが興味深い。
後の文にもあるのだけど、表記の関係上『10個』とあるが、これは十進数でいうところの『七』のこと。人間であれば指を使う所を、彼女は『第一関節、第二関節、第三関節、手首、肘、肩、首』を使うと言うのだ。
五本の指それぞれにも名前を付けたが為に、彼女は『七進法→指は左右合わせて13本(十本)なので数えるのに向かない→七まで数えられる、最も目につきやすい部位は?』という流れからに辿り着いた結論なのだろうとリッケは考えた、とある。
いや、迂遠すぎるだろ。
人間の自然な体の使い方を知らないことから始まる価値観の相違は、後の展開に大きく関わってくるのだが、『鼻』という単語一つとっても、AI達の考えている位置と、私たちの知っている鼻の位置は違う可能性すらある。人間で言うクオリア以前の問題だ。
知ったかぶりをするようにデビッドもリディアに追従する(逆も同様)ので、同じヴレンダ語話者でありながら、異界の住人を相手にしていると思わせる。
そもそも人間相手ではないけれど、仮想の『人間』を相手にしていると思って接すると、とんだ文化の違いにぶち当たるのが逆に面白い。
リディアが加わる以前、デビッドは語尾を崩したり単語同士を繋げたり省略したりするなどの若者的な言葉使いを加えていったそうだ。
時には思いもよらない語形変化をさせたりもしたとあるけれど、海外翻訳あるあるだが、上手く言葉が当てはまらない場合はどうしているのだろうといつも思う。明らかに砕けた言葉に置き換わってる場合、原文もそれらしい文章だと思うのだけど、特にこの本は存在しない言語を更に外国語に翻訳しているわけだから、労力が二倍かかっているのではなかろうか。
ヴレンダ語での会話の箇所は書体も変わっているので、校正泣かせでもあると思う。
『レーダ・レーゼ』が何なのか具体的に書かれてはいないけれど、恐らくは『ちちんぷいぷい』や『いないいないばあ』のような、子ども向けの言葉と思われる。勿論、リッケはそんな言葉までは作っていない。
巻末付録の基礎文法、基礎単語を読むと、なんとなくここから派生しているのかな? と考えることも出来るのでとても興味深い。
また、ソフト上の問題かは分からないけれど、時間や日にちの設定はどうにもならなかったらしい。七進法表記がメインなのに十進法も併用となると、『八』や『九』の概念を別に覚えなきゃいけなくなるのか。嫌すぎる。
原題の『Critically Endangered』は、絶滅危機言語レッドブックの『極めて深刻』から。
意図せずオンライン接続されてしまったことにより、他の生成AIに影響を与え始めたことからデビッドとリディアの削除を余儀なくされるが、話者である人間がリッケただ一人である以上、いずれ消える文化だったとは言え、積み重ねてきた世界が『現実に不要なモノ』として幕を閉じてしまうのは切ないの一言に尽きる。
本作は決してハッピーエンドではないし、多くの人にとっては後味の悪い作品なのだろうけれど、他に行きつく先は無い物語ではあったと思う。それがまた、どうしようもなく悲しい。