熊本・人吉でのJICA海外協力隊グローカルプログラムを終えて
2022年4月〜6月の3ヶ月間、JICA海外協力隊の派遣前実習として、熊本県人吉市でボランティア活動をした。
このnoteでは、JICA向けの最終報告のスライドをピックアップして、この3ヶ月で具体的に何をしたのか、そしてどんな学びがあったのか、追記しつつまとめておきたい。
※まあまあ長いし情報量多いので適宜スキップしながらどうぞ!
派遣先地域について(予備知識として紹介)
活動目標
まず、3ヶ月の活動目標は、最初にこのように置いていた。
活動先別・実際に何をしたのか
私はちょっと特殊なタイプで、ITをメインにしたかったこともあり、活動先が多岐に渡った。一つずつ紹介していく。
【メイン活動先】ひまわり亭・リュウキンカの郷
ここからは、メイン活動先で実際に行った活動内容を紹介していく。
ターシャ・ガーデン(バラ園)
1~3月の第1期実習生のときからJICAがお手伝いを継続している、地元のおばあちゃんが始めたバラ園。
このほかにも、バラ園は数回訪れて、草抜きを手伝うようなこともしたし、下記noteで発信も行った。
ブルートレインたらぎ
使われなくなった寝台列車を再利用して、「ブルートレインたらぎ」という簡易宿泊施設を町で運営している。かなり安い印象で、鉄オタさんなどを中心に人気は高く、GWはほぼ満室だったそう。
人吉球磨発信noteについて
成果と今後の課題
最初の目標に対しては、あえて曖昧な表現で大きくVISIONとして立てた。大きく、その道筋には沿った活動ができたのではないだろうか。
正直、受け入れ先の人と一緒に仕事をしていると、毎日(目標と関係ないかもしれない)たくさんのことを頼まれる。向こうからしたら、タダで働いてくれるスタッフという見方もできるのだ。そして、ある程度一緒に業務をこなさないと、業務の問題点も見えてこない。
ただ、目の前で頼まれることをこなしているだけでは、最初の目標で掲げていた復興の活性化や、DX推進という面では不足していたと思う。ボランティアではあるものの、本当に現地の人のためを思うのであれば、私がいなくなった先を考えて本当に仕事のようにプロジェクトを回してコミットしていく必要がある。この辺は、実際にジンバブエに渡航してからの実務との親和性が高いんだろうと想像している。
ぶっちゃけ、海外協力隊なんて、仕事ではないと思っている。もちろんあまりにひどければ先方の国に「変えてくれ」と言われることもあるし、JICAに提出する計画書や報告書などもあるけれど、ボランティアである以上、何もできなくても強く責められることはない。実績によって給料が出る訳ではないし、したい支援だけすればいいという見方もできる。
この辺りをどう折り合いをつけて活動していくか、が、協力隊として活動する一つのキーになりそうである。
自分の学びと今後につなげたいこと
▼個人的にも反響が大きかった上記の記事はこちら。
【スライド外おまけ】
とりあえず「地方」という選択のススメ
都会で「やりたいことがない」などと言って悩んでいるような若者がもしいたら、とりあえず地方に行くことはおすすめかもしれないと思った。
人の役に立っている実感を作りやすい!特にIT関連なんて、知識がゼロに等しいところでちょっと手伝ってあげれば成果も出やすい!人が密接だからすぐに繋がりたいキーパーソンに繋がることもできる!
グローカルプログラムのような、「地域おこし協力隊インターン」みたいな企画が増えればいいのに、と思っている(調べたら時々見つかるので興味ある人はググってみてほしい)。
実は田舎に移住したいという人も、会社を辞めて遠くに移住するという大きな決意はやっぱり急にはしづらい。2~3ヶ月、仕事を休むなり、もしくは仕事の一部として地域に入り込むということは、会社との交渉によってできるところもあるかもしれない。ボランティア休暇の制度がある会社も増えてきた。
数ヶ月でも「地方で仕事を作る」体験をしてみると、その面白さはわかると思う。楽しかったよ、おすすめです。
グローカルプログラムを終えて、未来の自分について妄想
個人的には、若者が地方を作っていかないと、今後日本はもっと大変なことになりそうだ、という予感がしている。フワッとしていて恐縮だが、いや本当に、おじいちゃんおばあちゃんと、公務員の若者しかいないという地域って多いんだと思う。このままだと都市圏が人口的にも他の面でも重くなりすぎて、日本がそのまま引きずられて沈みゆきそう、という印象である。
一旦私は、途上国にもっぱら目を向けて、数年〜数十年は活動するだろう。それは日本よりも圧倒的に色々なことのレベルが低く、日本よりも問題解決の必要性を感じるからである。便利すぎる方が精神的に貧しいという議論もあるが、日本ではたとえ田舎でも基本的にゴミ山でゴミを拾って生きる必要はないし、割と簡単に義務教育が受けられるし、警察が機能していて基本的に安全で、インフラや医療レベルも高い。
途上国を先進国に寄せる必要がどこまであるかは議論の余地があるとは思う。けれど私は、たとえば先進国では安価に治る病気で、途上国でバッタバッタ人が死んでいくのはやっぱりおかしいと思うし、一般的に途上国と言われる国をメインに活動していく気がする。
けれど、同時に日本でもさまざまな問題が起きている。
帰国後、日本が抱えるたくさんの問題の一つである「地方」を手伝うような仕事を、途上国関連の仕事と同時並行でできたらいいなあと妄想したりなどしている。
では、駄文を最後まで読んでくれたあなたに、人吉球磨の絶景をプレゼントしたい。
ぜひ、機会があれば、被災の爪痕残る今のうちに、人吉球磨を訪れてみて欲しいと思う。