新しいステージ
「こんにちは、いらっしゃいませ。」
雨のしとしと降り続ける町の一角、
低層の雑居ビル一階の軒下で、
僕は大量に届けられた荷物の運搬を手伝っていた。
中身は殆ど全て花。
生花もあれば高価なプリザーブドフラワー、
ドライフラワーも混じっている。
友人のフロリストは、
この町の目抜き通りに面したビルへ構えられていた。
くすんだ朱色のレンガ造り。
三階建てで、
一階部分が店舗、
二階は倉庫で三階が居室になっている。
何時建てられたものか分からないが、
低い天井の店内は、
淡いレモン色の壁に所狭しと並べられた花、
草木の彩で華やぐ。
そこへ木製ラックが担ぎ込まれ、
ただでさえ狭小な店内が尚一層狭苦しくなる。
そして早朝より常連客の訪問。
「あら、今日はもしかして改装中?」
「いいえ、どうぞ見て回って頂いて結構ですよ。」
僕は柔和な笑顔で応えるが、
届くものの多さにいい加減うんざりしている。
「ちょっと、その鉢は引き摺らないでね、傷が付いたら大変。」
フロリストの友人は慌てて駆け下りると僕の袖を引っ張った。
「こんなに沢山の在庫、一体どうするって言うの?
それにこの棚だって、置けやしないじゃないか。」
彼女は刹那考え込むように眉間へ皺を寄せるが、
直ぐさま「まあ、大丈夫!」と一人合点して階上へ去っていった。
僕は溜め息を吐いて作業を続行する。
凡そ一時間の後、
荷物は大方二階の倉庫へ運び込まれた。
「お疲れ様!助かったよ。」
満面の笑みでコーヒーを差し出す彼女へ訝し気な表情の僕は、
頷いて渋々カップを受け取った。
「そんな顔、しないで。」
そう言って僕の腕を叩く。
倉庫内、
と言っても、
他の階と変わらぬレモン色の壁に洒落た模様の床、
アーチ型の白い窓枠に白い格子窓、
ユニットキッチンと傍らの丸テーブル、
アンティークの籐椅子。
その周囲へ整然と並ぶ無数の観葉植物。
「ここをね、何か人との協業が出来るスペースにしたいな、と思って。
君、ずっと言っていたじゃない、
この町に住む自然農を営む人と意見交換する場が欲しいって。」
僕の明らかに動揺した表情を、
彼女は得意げに見つめる。
負けた。
様々の方面へ強かな感覚を有している彼女。
僕のニーズを汲む感性、
始めた事を最後まで貫き通す感性。
「良い人と、巡り合えると良いね。」
そう言うと、
『イベント出店予定、触るな』と書かれた紙の裏へずらりと並ぶ
生花やプリザーブドフラワーの幾つかをテーブルへ運んで来る。
「何かお祝いで作ろうか?」
「何のお祝い?」
僕は笑って言った。
「それは、この町の、新しいステージの。」
彼女の大袈裟な物言いも、僕を喜ばせた。
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