父のクラッシックギター
緊張の面持ちで相対するのは、
この町唯一のクラッシックギター講師、
ミスターレインの流麗なアルペジオだった。
絵付師ベインズの陶芸窯での事で、
僕は小屋から運んで来たクラッシックギターを汗ばむ両手で握り締めた。
「まあ、このように練習して行くと何れ出来るようになります。」
ミスターレインは上機嫌で頷くが、
僕はそれ以前から既に拍手を始めていた。
「素晴らしい!」
数日前、僕はつと思い立ち、
ずっと以前父から譲り受けたクラッシックギターを、
押し入れの隅より引っ張り出して来たのだ。
弦を張り替えチューニングし、
さてどうやって弾いたものかと考えあぐねていると、
タイミング良く大家のミセススフィアがベインズを連れてやって来た。
二人は幼時よりこの町で暮らす親友同士で、
ベインズの鶏の産む卵を度々分けてもらっていた。
今日も大量に採れた卵をお裾分けに来てくれたのだが、
僕の手にしたクラッシックギターを見るなりこう叫んだのだ。
「良いギターだ!
うちの知り合いにクラッシックギターを教えるのがいるから、
ちょっとばかし習ってみたらどうだ。」
かく言う訳で、僕は今、ベインズ家へお邪魔し、
彼に呼ばれたミスターレインの生演奏を拝聴したのだが、
その音色の壮麗な響きよ!
白状すれば、
僕は今生に一度としてギターの生演奏と言うものを聞いた事が無かった。(父はギターを所有していただけで、
実際に演奏している姿を目にした事は無い。)
ギターの演奏と言う点では確かに、
録音されたものを聞く機会は無数にあったが、
目の前で演奏される音を耳にしたのはこれが初めての経験だった。
その感動は僕の胸を激しく打ち、
ミスターレインのギターレッスンへの申し込みを即決させた。
レッスンの開始は来月頭から。
それまで、僕は教えられた練習を繰り返し、
弾きたい曲を決めるのだ。
クラッシックギターの何処となく漂う哀愁が良い。
僕の無限に広がって行く思考を程よく鎮静化してくれる。
上達してミセススフィアやベインズに披露したら、
きっと喜んでくれるだろう。
無論、大切なあの人にも。
期待と興奮とで胸の高鳴りを抑えられない僕は、
堪らなくなって鼻歌を奏でる。
外界では激しい雨の打ち付ける音が聞こえる。
大急ぎで帰宅した猫のメメは、パタパタと水滴を撒き散らして歩く。
浮かれ調子の僕をフンと鼻息一つで一蹴すると、
「みゃあおおん」と古い箪笥の上へ駆け上がった。
「はいはい。」
何時になく上機嫌の僕はたっぷりとご飯を盛ってやる。
これからの日々がもう少し、楽しみになった。
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