小鳥のアルバム
木目の美しいテーブルに、一冊の本が置いてある。
鮮やかな虹色の鳥の描かれた表紙。
空色の背景。
厚みは、そう、ほんの数センチ。
よくよく見れば、それは本では無かったのかも知れない。
何れにせよ、穏やかな午後の町に降り注ぐ豊かな陽光が、その表面を隈なく照らし、僕には特別の一冊に思えた。
軽く息を吐くと、表紙をめくろうとして手を止める。
色彩は違えど、小さな鳥の想起させる記憶の切なさが、僕の胸を激しく締め付ける。
人も動物も植物も、生き物がある日突然擦り寄るようになる事ほど恐ろしい事は無い。
それはひょっとしたら、死の予兆かも知れない。
ようやく表紙を開くと、中身は空っぽだった。
当然である、これは本では無い。
誰かの今までとこれからを紡ぐ為の真っ新なアルバムである。
今回は僕が偶然手にしたが、その持ち主は誰でも有り得た。
それを、僕がこの手で、この場所へ持ち込んだ。
否、そのような宿命であったと、表紙の小鳥は囀った。
それで僕は再び恐怖を感じた。
小鳥は言うのだ、『今度こそ、真心の物語を紡げ』と。
僕はある時青い小鳥と共に居た。
美しかったが臆病で、手当たり次第攻撃的だった。
そんな小鳥の性格がある日を境に、百八十度変わってしまったのだ。
僕が会いに行く度嬉しそうに囀り、籠から出すと手へ乗って、頭を僕の指へ擦り付けた。
それが子ども心に妙に引っ掛かり、容易に喜べない何かを感じ取った。
漠然とした不安。
突然の小鳥の懐き方には愛しさの外に、何処か強い執念のあるように思われた。
それが時折僕の不安を煽り、その不安は現実と化してしまう。
数週間と経たず、小鳥は死んだ。
突然の事だった。
亡くなった小鳥を見た僕は、唯、「御免なさい」と謝罪するしかなかった。
僕には『罪』があった。
本当の意味で小鳥を愛さなかった『罪』が。
それが幾年経っても僕の心に暗い影を落とす。
だから、生き物の愛らしさを時折疎ましく思ってしまう。
しかし、それもそろそろ終わり。
その決意が眼前に鎮座する真っ新なアルバムである。
ある大切な人から譲り受けたもの。
僕を含んだ僕を取り囲む全ての人の鏡映し。
明るい未来へ祈りを。
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