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ソニーのクランチロール買収、アニメ業界に何が起きるのか。

■日本アニメで買収総額1222億円

日本アニメの海外人気の高まりが近年指摘されますが、これと共にビジネス規模も急激に大きくなっています。ソニーと米国の通信会社AT&Tが12月10日に発表した、ソニーのグループ会社ファニメーション・グローバルによる米国のアニメ動画配信企業クランチロールのAT&Tからの買収は、これを象徴する出来事です。
買収総額は11億7500万ドル(約1222億円)。大型M&Aとして国内外のメディアでも大きく報じられました。これまでニッチと思われてきた「アニメ」分野での10億ドル規模のM&Aが国内外のアニメ関係者を驚かせました。
日本国内でもアニメ企業のM&Aは少なくありませんが、その金額は最近までは数億円から数十億円程度です。そもそも北米おける日本アニメの映像市場は10数年前には年間数百億円に過ぎませんでした。それがいまや1200億円の企業買収が成立するようになったのです。

クランチロールは、2006年に日本アニメ専門の動画配信のファンサイトとしてスタートしました。当初は違法アップも少なくありませんでしたが、その後正規配信に方向転換すると共に急成長。いまでは登録ユーザー数9000万人、有料契約者数300万人と、日本アニメでは世界最大の動画配信サイトです。現在はスマホアプリゲームの提供や商品開発、アニメイベント運営と多角化し、一躍、日本アニメ分野の世界企業に躍り出ました。
2017年にはやはりソニーグループが、米国の大手日本アニメ配給のファニメーションを買収しましたがその時の金額は165億円です。当時はこの金額でも驚きでしたが、今回はこれを遥かに上回ります。
では、なぜクランチロールは、そんなにも高い評価を受けたのでしょうか。

■ソニーが最後に埋めたピース「アニメのグローバル配信」

ひとつは配信プラットフォームと、それにつながる世界中のアニメファンの数です。ユーザーへのリーチ力、作品を拡散する力の大きさです。
そもそもソニーによるクランチロール買収は、業界ではかなりのサプライズです。もともとソニーグループはソニーミュージュクの子会社アニプレックスが主導して、自社で海外アニメビジネスを積極的に開拓してきました。DVDやBlu-rayの販売だけでなく、ライセンス、音楽、イベントと広い分野で成功を収めています。
さらにソニー・ピクチャーズが買収したファニメーションと海外事業を統合することで、北米、ヨーロッパ、アジア、太平洋と広いネットワークを築きました。クランチロールがなくとも、さらに大きな成長をするとみられていました。

それでもグループ内にグローバルな配信ネットワークを持たないことは弱点でした。現在のアニメビジネスの中心は配信による番組視聴です。しかし作品を世界同時に大量のユーザー届けるにはNetflixやYouTube、クランチロールを頼ることになります。川上から川下まで全方位でのアニメビジネスを目指すソニー/アニプレックスには歯がゆい状況です。
クランチロールがグループに加わることで、この問題が一気に解決します。世界最大級のアニメ配信プラットフォームは、絵を完成させる最後の大きなピースです。ソニーはグローバルのアニメビジネスで主導権を握ります。

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日本のアニメ企業によるグローバル配信プラットフォームの構築は、実は日本のアニメ業界の悲願でもありました。外資系企業は日本と異なる価値基準があり、突然の事業撤退リスクも拭えません。ソニー/アニプレックスであれば長期安定的なビジネスが期待出来ます。日本アニメ業界にとっても、クランチロール買収は利点が大きいのです。

■3年間で北米トップ3が経営統合の波紋

全てがハッピー見えますが、大規模な事業統合や巨大ビジネス化は、いいことばかりではありません。一番懸念されるのは、寡占化です。
2010年代以降、特に北米のアニメ市場では、アニプレックスの米国子会社アニプレックス・オブ・アメリカと日本アニメの老舗配給会社ファニメーション、それにクランチロールがトップ3として競いあっていました。この3大勢力がわずか3年あまりでひとつに統合されました。
他にも企業はありますが、4位以下のVIZメディアのビジネスの主戦場はマンガ出版ですし、マニア向け作品が得意で日本のクールジャパン機構傘下のセンタイ・グループのビジネス規模は遥かに小さくなります。

また寡占が進み、ビジネスが大きくなると、企業は売上の大きな作品ばかりに目がいき、中小型作品が見落とされがちです。企業の数が多い時は、中小企業が小さなファングループに向けた作品を熱心に売る小振りなビジネスも成り立ちます。大企業がそうした作品を扱う理由はあまりありません。
同じ理由から大型ブランドで大きな利益のある会社は、既存ビジネスを重視し、新規投資、新たなビジネススキームにあまり熱心でなくなるのもよくあることです。

またソニー関連以外のアニメ企業がビジネス取引で弱い立場になる恐れもあります。実は北米市場では、ファニメーションとクランチロールは2016年にも提携を結んだことがありました。人気番組の獲得競争でライセンス価格が高騰し、提携でライセンス価格を引き下げるのが狙いだったとされています。
この提携はソニー・ピクチャーズのファニメーション買収により短期間で崩れましたが、当時は番組を売る側の日本企業から相当な危機感を持たれました。買付け競争がなくなると、日本企業は立場が弱くなり、安く番組を売ることになるからです。
そうしたなかでの今回の3社の経営統合は、ソニーグループ以外のアニメ企業の不安を掻き立てます。今後どのようにソニーグループと関係を保つのかに頭を悩ませそうです。

■誰がグループの主導権を握るのか、ソニーの課題

ソニー自体にも懸念があります。巨大化したグローバルのアニメビジネスは、グループ内で複雑に絡み合い指示系統が判りにくくなっています。これまでもグループ内で別々に重複したアニメ事業を進めることは多く、クランチロールの買収でこれがさらに広がります。
現在は米国に本社を持つソニー・ピクチャーズと日本に拠点があるアニプレックスのふたつのビジネスの流れがあります。それぞれが力を発揮しつつ、統合的にビジネスを進める戦略が必要です。
  
ビジネス関係の複雑さは、ソニー自身も理解しているかもしれません。グローバルビジネスを統合するファニメーション・グローバルをソニー・ピクチャーズとアニプレックスの共同出資で設立したのはその対策です。
また今回の買収に先立つ11月には、ソニー・ピクチャーズ・ジャパンの代表取締役交代が発表されています。現代表の滝山氏は国内アニメ専門チャンネル・アニマックスの代表取締役も長く務め、日本のアニメ業界でもよく知られた人物です。一方、新代表の冨田みどり氏はソニー本体出身で、グループ内の融合・連携を目指した「ワンソニー」を推進してきました。

ソニーが今回の買収を活かして、グローバルにさらにアニメビジネスを展開していけるかは、グループの垣根を越えた協力・融合がどこまで進むのか、そのスピードにかかっています。

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