中国映画市場で勝てなくなったハリウッドアニメーション、その理由
■コロナ禍からの完全回復が見えてきた中国映画市場
コロナ禍で苦しめられた中国の映画市場が回復軌道に乗っています。2020年には年間204億万元まで落ち込んだ興行収入は、23年には549億元まで回復。過去最高だった19年642億元の85%の水準です。24年も1/3が過ぎた4月末段階で約200億元、ほぼ平常ペースに戻ったとみてよいでしょう。
これは映画業界全体だけでなく、劇場アニメーションも同じです。2020年から22年は3年間の年平均は12億元と2019年の1/10まで落ちましたが、23年には80億元まで回復しました。
ただ数字が戻りましたが、ヒット作品の内訳はコロナ禍以前とは一変しています。中国産アニメーションが急成長しているのです。
この辺りは、3年前にも「日本・中国・米国 どのアニメが中国の映画館で選ばれているか」の話題でとりあげたのですが、その傾向がさらに加速しており、もう一確認してみたいと思いました。
中国国産アニメーションの成長は、興行収入の伸びから確認出来ます。2023年に中国で最もヒットしたアニメーション映画は『長安3万里』の18.2億元、次いで『熊出没·伴我熊芯』の14.9億元、そして『深海』の9.2億元です。
2019年のメガヒット『哪吒之魔童降世』の50億元には及びませんが、23年のアニメーション映画全体の売上約80億元のうち、この3作品だけで半分を超えています。2018年以前はアニメーション映画興行全体に占める国産の割合は3割から4割程度でしたから、中国産のシェアが大きく広がったことが分かります。
■勢い鈍るハリウッド映画の背景は?
同時にハリウッドメジャースタジオによる米国のCGアニメーションの興行が伸び悩んでいます。2023年の最大ヒットは『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』の3.5億元、これは先の中国産のヒット作の数分の一だけでなく、『すずめの戸締まり』(8億元)や『THE FIRST SLAM DUNK』(6.6億元)といった日本アニメと比べても半分程度です。
ハリウッドスタジオの作品を全て足しても、年間興収は7億元から8億元でしょうか。市場シェアは10%程度です。
米国作品はそもそも上映本数が減少しています。ハリウッドのストの影響で大作の数が減っただけでなく、昨今の米国と中国の政治摩擦の激化も影響しているかもしれません。
ただ一番の理由は、中国アニメーションの質の向上に思えます。最近は日本でも中国のアニメーション映画は見る機会も増えていますが、特にCG映像のクオリティには目を奪われます。かなりの制作予算が投じられていることが想像できます。近年、国産ヒット作が続いたことで制作予算も引きあげられているはずです。
「興行収入増加 → 制作予算増加 → 観客増加 → 興行収入増加」
といった市場のスパイラル的拡大が起きているのでしょう。
中国で毎年新作が公開される「熊出没」シリーズが、よい例です。
シリーズ第1作目『熊出没之奪宝熊兵』(2014)の興収は2.4億元でしたが、年々数字を伸ばして17年に5億元超え、さらに22年に9.7億元、23年に14.9億元、2024年の最新作『熊出没:逆轉時空』はおよそ20億元にまでなりました。もともと人気シリーズであったところに大きな制作予算が投じられ、近作はシリーズ当初とは見違えるような出来栄えとなっています。これが観客を惹きつけているのです。
これは米国と中国の合作としてこれまで人気だった「カンフーパンダ」シリーズの最新4作目が3.6億元と前作の約1/3に落ち込んだのとは対照的です。
■中国産とハリウッドスタジオ作品は、ターゲットがよく似ている
中国産の成長が、ハリウッド映画の観客を奪っている可能性は高いと見ています。それは中国のCGアニメーションとハリウッドのCGアニメーションは、似たビジネス構造をしているからです。
まずどちらも予算をかけた豪華なフルCGアニメーションが主流で、映像の派手さを売りにしています。ストーリーはシンプルで、主要な観客はキッズファミリーです。
両者のビジネスターゲットは、同じなのです。「熊出没」と「カンフーパンダ」はトレードオフの関係にあったのでないでしょうか。
ターゲットが近い一方で、ハリウッド映画が中国の一般的な観客のニーズからずれる傾向も見えてきました。中国で最もヒットした海外アニメーション映画は、ディズニー/ピクサーの『ズートピア』ですが、実際は『アナと雪の女王2』などの一部を除くと中国で強いのは、世界で圧倒的なシェアを持つディズニー/ピクサーよりドリームワークスやイルミネーションの作品です。
上品で教育的なよくできたディズニー/ピクサーに較べて、ドリームワークスやイルミネーションはもう少し自由でコメディタッチ、ギャク満載です。
2023年のハリウッド作品のヒットのトップ3は、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』、『パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー』でした。ディズニー100周年記念として製作された『ウィッシュ』は、興収4000万元とかなり厳しい数字になりました。中国ではコミカルでよりストレートなエンタテイメントが求められており、中国作品はそうしたニーズを取り入れるのに成功しているのです。
■日本アニメの立ち位置と未来
日本アニメについても触れてみましょう。中国作品が存在感を増し、米国のアニメーションが後退するなかで、日本アニメの健闘が目立ちます。
2023年には『すずめの戸締まり』が中国で邦画の興行記録を塗り替える8億元超えの大ヒットになりました。さらに『THE FIRST SLAM DUNK』(2023年:6.6億元)、『君たちはどう生きるか』(2024年:7.8億元)とヒットが続きました。24年はすでに『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』が2.2億元とミドルヒットです。
こうした違いは、日本アニメの主流が手描き・2D映像、そしてメインターゲットがヤングアダルトであることが大きいためです。フルCGでファミリー・キッズ市場で競合する中国映画やハリウッド映画とぶつからないからです。
中国の2D作品も近年の技術力の向上から、日本アニメと遜色がない作品も現れているとされます。ただ劇場映画に限ると上映される中国作品はほとんどがCGであるのが現状です。
2D作品では『羅小黒戦記』(2019)の成功はありますが、むしろヒット作はそれぐらいです。2Dアニメーションは中国では主流ではないのです。そのなかで日本アニメは差別化され、独自のファンを確保していると考えられます。
ただし、日本映画も安泰とばかりは言えません。たしかに2023年、24年は大きなヒット作はありました。しかし中国における日本アニメの上映本数は、やや減少傾向です。確実にヒットしそうな作品を厳選して公開するようです。新しい作品のチャンスは減っているように感じます。
さらに中国ではヒットシリーズとして人気を集める『名探偵コナン』、『ドラえもん』の興行成績は直近で伸び悩みが見られます。これらの作品はキッズが少なくありません。
これがコロナ禍の影響なのか、新たなトレンドなのかは注意深くみる必要があります。短期間で大きく傾向が変わりがちなのも中国の映画市場の特徴であり、引き続き目が離せない状況です。