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新型コロナ下で先鋭化、米国劇場と映画会社の対立
新型コロナ感染症の広がりで、春から夏にかけていくつものイベント・コンベンションが中止になった。そのひとつに4月末にラスベガスで開催されるはずだったシネマコン(CinemaCon)がある。
映画祭やコミコンイベントに較べて知名度は低いが、全米映画館オーナーの業界団体The National Association of Theatre Ownersが主催する映画イベントだ。近年は大作映画の発表が相次ぐ業界でも重要な場となっている。本来はここでハリウッドメジャーの映画会社や映画興行主たちが業界の協力と発展を謳いあげたはずだ。
■1作品20ドルで1億ドルの売上のサプライズ
ところが現在、逆に映画会社と映画興行主の対立が先鋭化している。和気藹々にほど遠い状況。きっかけは映画会社ユニバーサルのアニメーション『トロールズ ミュージック パワー(Trolls World Tour)』だった。
4月10日に全米公開を予定していたが国内上映できる劇場がほとんどなく、同日に有料配信をスタートした。現在の状況下での緊急処置だ。
ところが約20ドルの高額にも関わらず、これが最新映画に飢えた映画ファンを掴んだ。配信売上げだけで米国の大ヒット基準1億ドルを突破した。これに力を得たユニバーサルは、今後も『The King of Staten Island』といった新作で劇場興行と配信を同時に展開する方針を示した。
ユニバーサルだけでない。ディズニーやワーナーも当初は劇場公開を目指した『アルテミスと妖精の身代金』や『Scoob!』を配信映画に切り替える。さらに米国アカデミー賞は2020年限定だが、劇場公開を目指していた作品であれば配信のみの映画も選考対象に加えると発表した。映画のファーストウィンドウとして配信がいっきに表舞台にでてきた。
■映画館オーナーたちの猛反発
これに猛反発したのが、映画興行主たちである。全米最大の映画興行チェーンAMCは、もし今後も劇場公開と配信の同日展開が続くならユニバーサル作品の上映を全て止めると表明。業界第2位のRegalもこれに続いた。従来は劇場映画の配信は公開から90日目以降とのルールがあり、ユニバーサルの決定はこれを破るものと非難する。
ユニバーサルは、なぜこんなに際どい決断をしたのか。実はこの問題は新型コロナ感染症拡大で生まれたというより、Netflix登場もあり、近年徐々に注目されていた。深刻な状況下で先鋭化したのだ。劇場上映と配信の収益のバランスの問題である。
配信が成長する一方で、劇場興行収入が伸び悩んでいることが背景にある。米国映画協会(MPAA)の発表によれば、2019年北米(米国&カナダ)の興行収入は11.7億ドル(約1兆2500億円)。日本の4.8倍にもなる。人口比で考えても一人あたり2倍以上を映画チケットに支払う計算だ。米国の劇場興行ビジネスは日本に較べて恵まれているように見える。
しかし実際には米国の劇場経営は、日本に較べても楽でない。映画鑑賞人口は日本を上回るが、北米のスクリーン数は日本の3583に対して41172と11倍以上だから、1スクリーンあたりの売上は日本の半分以下だ。
■米国の劇場興行は成長していない
北米の映画興行収入は過去10年間、10億ドルと12億ドルのレンジを行ったり来たりでとても成長しているといえない。市場規模としては横ばいだが、人口の伸びも考えれば映画鑑賞人口はむしろ減少している可能性が強い。
業界の調査統計数字が豊富なMPAAのレポートだが、不思議なことに映画鑑賞人口は発表していない。それは映画業界を盛り上げるMPAAにとって不都合な真実なのかもしれない。
そこで映画興行収入をMPAAの公表している映画チケットの平均単価で割り、映画鑑賞人口を推計してみた。必ずしも正確ではないが動向は掴めるはずだ。結果が以下のグラフだ。
過去10年間の米国映画興行は、人数の減少をチケット単価引き上げで補ってきたことが分かる。
映画館から遠のいた観客はどこにいったのだろう。それがNetflixをはじめとする配信である。それは米国の映画鑑賞者の平均年齢が日本に較べて若いことでわかる。米国のシネコンはショッピングセンターの中に位置し、アミューズメント施設に隣接する若者たちの手軽な娯楽なのである。米国ではヒーローアクションやSF大作が興行ランキングの上位を占める訳だ。
ある程度年齢のいった映画ファンは映画館ではなく、自宅のテレビで映画を観る。ドラマや社会派作品が配信のラインアップに多い理由でもある。
■映画会社、映画館とも引けない理由
映画会社はこの層をビジネスに獲り込みたい。映画館にいく若い世代と、自宅で配信で鑑賞する層はあまり重ならいとの見立てである。だからこそ劇場公開、配信の同時スタートとのアイディアが出ている。
しかし劇場興行側の考えは違う。いまでさえ映画館離れが懸念されるのに、たとえ一部でも映画館に来るはずだった観客が奪われれば深刻な問題だ。さらに今後、新型コロナ感染症が落ち着いたとしても、客足が直ぐに戻るとは思えない。同時配信が一般化すればダブルパンチだ。一歩も引けない。
もちろん映画会社も、今後の映画館の客足減少は織り込み済みだ。だからこそ利益率が高く、鑑賞者が拡大する配信に踏み込みたい。
不況下だからこそお互いに引きづらい両者の駆け引きは、今後の映画業界、さらに映画カルチャーにすら影響を与えそうだ。