【禍話リライト】やったことないから
のど風邪を患った際に知人Aから聞かされた、まったく参考にならない話。
Aがのどを傷めた時、近所にある「地蔵堂みたいな、小さなさぁ･･････祠、かな？」に願掛けをしにいった。空咳と痛みが続き困っていたが、さりとて医者にかかるのは億劫だった。そういう人はいるものである。
ふと、親戚から聞いたことを思い出す。なんでも、とある「のどにご利益のある神社」に通って喘息を治したらしい。自分も神頼みでもしてみるか、とAは考えた。
とはいえ、ほとんど気休めのつもりだった。その「祠」は喉だとか病気とは全然関係ない――正確には、何を祀ったものかもよくわからないものだった。当然、Aも信仰などはない。祖父母や近所の人が時々お詣りしていたので、なんとなくご利益はあるのだろう、その程度にしか考えていなかった。
で、当然というか、特にのどは良くならず、相変わらず空咳が出て痛みが続いた。やっぱり駄目かー、と思いつつ、数日たった頃。
――ここからは、「たぶん夢を見たんだけど」とのこと。
夜中、のどの引っ掛かりを覚えた。咳が出て目覚める、という感じではなく、嘔吐に近い感覚だった。のどの奥で何かが蠢いていて、それによって吐き気が催されていたのだ。
いや、覚醒してくると、なんと言うか、それどころではないことがわかった。
口を大きく開けさせられてーー口からのどにかけて何かを突っ込まれていた。なんじゃこりゃ！と思って目を開けると、暗いながらも眼前に、見えるものがあった。手の甲、と、手首。
手首の向こうから、か細く「ごめんねぇ」と謝る声が聞こえた。な、なんやねんこれ･･････と思っていると、口に入っていたものが「ずるり」と出てくる。
「ごめんねぇ、ごめんねぇ」
唾液にまみれた指が――人差し指と親指が、Aの口から抜き去られた。それは細く骨ばった、異様に長い指だった。「人差し指と親指が同じくらいの長さだった」そうだ。爪も長く、鋭く尖って、それがピンセットのように、カチカチと打ち合っていた。
その人差し指と親指が、口の中に押し込まれ、のどをまさぐっていたようなのだ。そりゃあ嘔吐くわいな！ということで「おえーっ！」
「ごめんねぇ、やったことないから」
Aが跳ね起きると、布団の側にお婆さんが——亡くなった祖母が座っていた。よく聞くと声も祖母に似ていたが･･････似てはいたが、しかし祖母ではない。祖母の姿をした祖母ではないもの、とAは認識した（曰く「お婆ちゃんはあんなに指が長くなかったからね」）。
「やったことないから、ごめんね」とそれは繰り返し、また指を突き出してきた。爪をカチカチいわせ、Aの口をこじ開けようとする。慌てて飛び退いたが、それはなおも手を伸べてくる。
「やったことないけど、ちょっとやってみるね」 と祖母は、困ったような顔で言う。
「いや、結構です！」とAは手を振った。「やったことないなら無理しないで！」と説得を試みた。
それは、「そーお？ 本当に？」と気を遣う風なことを言いつつ、「でももうちょっとかも知れないから」唾液まみれの長い指を、カチカチ。
もうひたすらに固辞して、Aは言い張った。
「大丈夫だから！ 無理しないでいいから！ 自分でなんとかします！」
必死で繰り返すと、ついにそれも「そーお？ ごめんなさいね」と申し訳なさそうに応じた。祖母のようなものは立ち上がると、そのまま、すっと部屋を出て行った。
――朝になってからも、のどに異物感があるような気がしたそうだ。「ほんまに指を入れられたらそれどころじゃないはず」なので、たぶん夢、だとAは判断する。そう思い込むことにしたらしい。
もちろん、のどの不調はそれからも普通に一週間くらい続いた。
気持ち悪いとは思ったものの、Ａは「なんか、ちょっと申し訳なかったな」とも言う。
それにしても「じゃあお願いします」などと答えたら、果たして治っていたんだろうか。いや、生兵法は知らぬに劣る、餅は餅屋であって、専門外のことを頼むべきではない。
Aの話は何の役にも立たなかったが、私はしっかり病院に行った。その祠についてはAの両親でも「よくわからんが昔からある」くらいの認識らしかった。形状を聞いても要領を得ず、観音開きの扉だとか御神体などはなく、四角い箱に平らな屋根が乗っているだけの、ボロボロの何か、だったそうだ。
たぶん地蔵堂でもないし、祠というほどのものでもなかったのかも知れない。
これを禍話に投稿するにあたり、Aに連絡を取りディテールを確認してもらったが、肝心の祠自体はもう存在しないとのことだ。大雨で破損し、なんだったのかよくわからん祠として、特に再建されないまま放置されている、とか。
以上の話は、私（酢豆腐）がツイキャス『禍話』に投稿したものを、あらためて書き起こしたものです。
★出典→2023.5.6【禍話 ライブ後夜祭まったり怪談】
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