冥府のSakura −−清貧の蝶−−【執筆中】Ver.1-002-01-5月19日(日)下書その1
完成作品清書エリア
※御留意! 【執筆中】の表示がタイトルから外れたら完成です。
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それでは、執筆を開始します。
「ねぇ……きいて蝶さん。蛹に戻れない蝶さん、この冬を越えて、春を待ったら…地獄に落ちてもまたSakuraに逢えるかしら」娼婦は煉瓦の路をかっかつと音立てて歩いた。足取は軽いものでは無かったが、顧客と言わず漢どもには、「人生の深みを好いも甘いも噛み分けた分別のあるオンナ」として映ったことだろう。足音には不思議とそうした重厚感が滲んだ。
晩夏にはもう自分の命運を覚悟していたのかもしれないと、オンナは親しい顔の回顧の中に自覚した。リドルと出会って逢瀬を重ね、……向日葵畑で熱いキスを交わしたのがもう最後の終わりの夏だとしっていた。
オンナにはこのところ深呼吸をした記憶が無かった。剰え嘆息するにも場の弁えが必要だった。早い話が呼吸もままならぬ程リドルの遺した負債に喘いでいた。街を歩いて気を逸らそうにも冬のコートが買えなくて、ポケットを思わずちゃりりと鳴らす……。パンがひとつ買えるかどうかのポケットマニー。メープルの通りももう‥、一葉残さず黄葉の名残を消した。さっきの蝶と重ね合わせ重ね合わせしては、寒空にコートを剥がれた自分を思うのだ。温い屋根の下、着衣を脱がされるのとは訳が違った。蝶さえも同じではないか。性急に逢いに急いで桜花爛漫の季節を待たずに恋人たちの影を追った事に、何かを思うところがあっての飛翔だったのでは……あるまいか。
狂い咲のSakuraを見つけた刻、オンナはみずから魂の帰国をさとった。
オンナにだけ目を付けられた狂い咲のSakuraはもう、死の淵の中を舞って逝った。オンナと異にするのはSakuraは今回こっきりのイノチではないというだけだった。一つの瞬間を跨いでこちらの方では、Sakuraの薄紅色は血の気の引いていく死者の白色を追い掛けて薄まってゆき、ついには葬送の夜想曲になった……。精気の失せたしゃがれ声で昔きいた子守唄をla la la と唄う。ひとり。そのフレーズは、街の誰にも届かなかったが、音に守られた自らの葬式は、確かに楽園を奏でるそれだった。…………。唄が事切れた。「リドル……。‥」「ハル に………………」独言のようにぷつりと息を引き取った……
完
【下書その1】
『冥府のSakura』 −−清貧の蝶−−
−−ひとはいつでも夢。ひとはいつでも死生を入れ代わり立ち代わり生きいるその夢。
仮令それが幸福ないちどきの回顧の様に思えても、仮令”この世“がどうしようもなく酷薄の現実に思えても、……仮令、死者の国が、‥敗者のゆく先に思えてもまた逆に愛おしい人との楽園に思えて‥も…………−−
カオリ・サクラはオンナだった。オンナは異邦の地で恋をした。
リドル・アレ=ハレバ。似合いの男は言わずもがなジェントルで、情熱的。熱の絶える事を知らない活力に満ち満ちた起業家だ。
あるバカンスの地でふたりは目線が合う。その一瞬に人生の全てが賭けられた。そんな恋だ。南欧からカナダへと帰国するリドルはサクラに結婚を申し込む。出逢い、逢瀬を重ねる内に互いは気付く事になるのだが、二人の宿泊していたホテルは同じだった。
この奇妙なご縁を笑い合う内に、一つの例外として恋は愛へと昇華されてゆき、リドルはホテルの中でもこじんまりとしたふたりにお誂え向きの宴会場を借り切って、サプライズで婚約指輪を贈り、花束を贈り、人生を贈り、永遠の来世を誓い合う絆を奪取してみせた。オンナは悪い気などさらさらなく婚姻届にサインをした。
(リドルが奪取しオンナが契約したのは、永遠の来世を誓い合う絆ではなく、正しくは
「永遠の来世を誓い合う絆に伴う運命の翻弄」に、
ふたりで同意し、ふたりは判を突いたのだ)。
やがて夏も終わり、リドルの邦へ連れ立って帰る時が来た。
ファーストクラスに揺れて、オンナはリドルと親しく会話を交わした。
「こんなに素敵な夏は今迄味わったことがなかったわ、リドル。貴方のお陰よ、これからの季節はずっとずっとこれ迄以上の高鳴りが私達を待っているのね」「今度はワタシの邦にも来て欲しいわ。Sakura。ワタシの生まれに花を添えてくれた木々よ」
そんなふたりを運命は歓迎したのだ。
その旅客機は墜落した。
「ねぇ……きいて蝶さん。蛹に戻れない蝶さん、この冬を越えて、春を待ったら…地獄に落ちてもまたSakuraに逢えるかしら」娼婦は煉瓦の路をかっかつと音立てて歩いた。足取は軽いものでは無かったが、顧客と言わず漢どもには、「人生の深みを好いも甘いも噛み分けた分別のあるオンナ」として映ったことだろう。足音には不思議とそうした重厚感が滲んだ。
晩夏にはもう自分の命運を覚悟していたのかもしれないと、オンナは親しい顔の回顧の中に自覚した。リドルと出会って逢瀬を重ね、……向日葵畑で熱いキスを交わしたのがもう最後の終わりの夏だとしっていた。
オンナにはこのところ深呼吸をした記憶が無かった。剰え嘆息するにも場の弁えが必要だった。早い話が呼吸もままならぬ程リドルの遺した負債に喘いでいた。街を歩いて気を逸らそうにも冬のコートが買えなくて、ポケットを思わずちゃりりと鳴らす……。パンがひとつ買えるかどうかのポケットマニー。メープルの通りももう‥、一葉残さず黄葉の名残を消した。さっきの蝶と重ね合わせ重ね合わせしては、寒空にコートを剥がれた自分を思うのだ。温い屋根の下、着衣を脱がされるのとは訳が違った。蝶さえも同じではないか。性急に逢いに急いで桜花爛漫の季節を待たずに恋人たちの影を追った事に、何かを思うところがあっての飛翔だったのでは……あるまいか。
狂い咲のSakuraを見つけた刻、オンナはみずから魂の帰国をさとった。
オンナにだけ目を付けられた狂い咲のSakuraはもう、死の淵の中を舞って逝った。オンナと異にするのはSakuraは今回こっきりのイノチではないというだけだった。一つの瞬間を跨いでこちらの方では、Sakuraの薄紅色は血の気の引いていく死者の白色を追い掛けて薄まってゆき、ついには葬送の夜想曲になった……。精気の失せたしゃがれ声で昔きいた子守唄をla la la と唄う。ひとり。そのフレーズは、街の誰にも届かなかったが、音に守られた自らの葬式は、確かに楽園を奏でるそれだった。…………。唄が事切れた。「リドル……。‥」「ハル に………………」独言のようにぷつりと息を引き取った……
完