梅雨に聴きたい倉橋ヨエコ〜やまない雨はないなんて言わない〜
梅雨ですね。という訳で、雨にまつわる邦楽を取り上げたいと思います。
今日オススメしたいのは倉橋ヨエコさん!!2000年にデビューし2008年に廃業したシンガーソングライターです。わずか8年という活動期間ながら今でも根強いファンを持ち続け、カルト的人気を得ている彼女。
やたらと元気なジャズサウンドに乗せて歌われるのは、ネガティブ極まりない鬱々とした歌詞。脳天を突き抜けるような一度聞いたら耳から離れない声。
明るいんだか暗いんだか分からない彼女の曲はヤサグレロック、ジャズと昭和歌謡が融合したシャバダ歌謡なんて形容されます。
倉橋ヨエコは中毒性の高い麻薬です。心が健康な人が倉橋ヨエコを聴きすぎると、曲に引っ張られてしまいうっかり病んでしまうかもしれません。でも心が痛くて痛くてたまらない人には、痛みを緩和してくれるモルヒネのような救いになる。
オススメしたい曲は沢山あるのですが、梅雨ということでまずは『今日も雨』という曲を紹介します。
ヨエコさんの手にかかれば、雨はやみません。やまない雨は無いよ!なんて言いません。今日も明日も雨です。もっともっと雨です。
知らない方がマシだった事は沢山あるけれど
読みかけては印を付けて閉ざした本に寝そべります
真実は明日も私をきっと 泣かせるだろう
でも飛び出して飛び出して行こう
待ってる人はいないけど
泣き止んで泣き止んでみても 外はもっと雨
甘い思い出と戯れて唇には反省の歌
悔しいけれどいらない過去でこの私は作られてます
真実は明日も私をきっと しょげさせるだろう
ほら追いかけて追いかけて行こう
どんなに返事がなくたって
追いかけて追いかけて行こう 外は今日も雨
でも飛び出して飛び出して行こう
待ってる人はいないけど
泣き止んで泣き止んでみても 外はもっと雨
でも飛び出して飛び出して行こう
待ってる人はいないけど
泣き止んで泣き止んでみたら 外はもっと雨
そんなもんだろう
最後のそんなもんだろうがいいですね。「雨はいつか晴れるよ!」とか「雨が降るから地が固まるんだよ!」とか言わない潔さ。「人生は土砂降りがデフォルトだ!そんなもんだと割り切って生きて行こうぜ!!!」って感じが逆に一周半回って前向きじゃないですか?「晴れたら外行こう」じゃなくて「晴れるの待ってないで外に飛び出そうぜ!!濡れてもいいじゃん!」って感じがカッコイイ。
ヨエコさんは何故2008年で引退したんだろうと思い調べていたら、こんなインタビュー記事を見つけました。
倉橋ヨエコと言う歌手はそもそも、何か経験したことにより心が千々乱れ爆発して、最高到達点の言葉が出た時に歌にして表現したい…と言うことだけのために、音楽の力を借りて歌ってたんです。(略)今存在する私の引き出しに渦巻く最高到達点の歌詞達を使い切ったら、正直に辞めるべきだと思ったのです。そんな倉橋ヨエコの可能性をフルで使い切ったアルバムがこの『解体ピアノ』だったのです。
やりたいことは1つではっきりしている。歌詞を伝えるため。音楽は言葉の架け橋。
各感情畑で産まれる子供達(曲)に会う度“怖い”と感じたんです。例えば「自虐的に痛い恋愛畑」の子が生まれたとします。自分が経験して爆発した気持ち、考えつく世界観、それをこんな最高の言葉とメロディーで表現できてしまって、この先同じ種類のことを歌ったら、次は二番煎じ風になってしまいそうだ!!って。でも、心から思ったこと以外は歌を呼ぶパワーにはならないから、フィクションでは書けないし書きたくない。経験にも心の叫びにも限界がある。だとすると、もうこの類いの歌はこの子で産み納め!?と感じて怖かった。
きっとヨエコさんにとっての創作活動って、自己カウンセリングというか自分の身に起きたどうにもならない苦しみを昇華する作業だったのでしょう。不幸という陣痛と向き合って楽曲という子供を産み落とすことによって、あの痛みを経験したことがやっと割に合う。命削って産んだ曲たちだからこそ、倉橋ヨエコの曲はこんなにも“強い”のだなぁと思います。
「今日も明日も雨だなぁ…なんか元気でないや」という人は、晴れる日を待つのではなく「どうせ明日も雨だ!」と思って土砂降りのお外へ飛び出してみるのもいいかもしれません。
…とは言えたまには晴れてくれないと洗濯物が乾かないので、ゆずの『雨のち晴レルヤ』を聴いて中和させたいと思います。
ゆずいいですよね。ドライブとかカラオケではヨエコさんよりゆずが聴きたいし、倉橋ヨエコ好き!!って人よりゆず好き!!って人と結婚したいです。
#邦楽 #歌詞 #倉橋ヨエコ #今日も雨 #梅雨に聞きたい #ゆず
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