見出し画像

奉仕-騎士道の物語って

Amazon.co.jp: ゼンダ城の虜 (幻想迷宮ノベル) 電子書籍: アンソニー・ホープ, 枯葉: Kindleストア
ゼンダ城の虜 - Wikipedia
ルリタニアン物語という小説の分野がある
最初と最後は決まっていて
中の活劇を如何に派手にするか
最後の悲劇を如何に盛り上げるかが
作者の腕のみせどころ
貫かれているのは
自己犠牲と奉仕の心
ルリタニアン・ロマンス - Wikipedia

日本では桃太郎侍がそれで
桃太郎侍 - Wikipedia
しかし明朗を掲げる山手らしく
華やかな場所からひっそりと去る場面が
恋人同士の旅路で終わる

拙も書きたくて
幾つかは構想を書き連ねては居る

現代世相において
騎士道って理解されるのだろうか?
主人公が騎士道精神を発揮すること自体がうさんくさくなっては
物語が成立しない。
という不安が平成半ばあたりから出ている
無論筆力の無さの問題はあるが

そう思うのにも実例があって
E.R.バローズが大正時代に書いた
ルータ王国の危機 - Wikipedia

荒れた欧州を援助することで空前の好景気に沸いたアメリカ人の
当時の気質に合った形で
洗練されてはいても病んだ欧州とは違う
健全な蛮性と健全な野心を持った健全な精神のアメリカ人が
奉仕と犠牲ではなく、努力に見合った正当な報酬を得る物語に
最後変わってしまった

古典文学には
時代と共に解釈や評価が変わるという悲劇はつきまとう
普遍性なんて学校出は教えるが
教科書に取り上げられる作品は日々変わっているから説得力なんて無い
少年少女文学全集が、時代に合わせて作られる度に原作を大きく書き換えるのは
児童出版が出来た時代からの良識・常識で
作者名すら書き換える事をする
唄は世に連れ、世は唄に連れ
昭和が遠ざかる昨今
昭和の物語は翁の胸に仕舞っとくべきなんだろう
時代を常にみつめて自分の良識の微調整をする
現役の商売人なんだからそこははずさない様にしなくちゃ
たまにここでぼやくくらいで

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?