「これで、母も浮かばれると思います」
「これで、母も浮かばれると思います」
まだ新聞社で働いていた十年以上前の夏。小さな離島で出会ったおばあさんは、そうつぶやいた。
1日に3便くらいしか連絡船がない島。もともとの要件がすぐに終わり、僕は次の便までの空き時間をどう潰せばいいか少し途方に暮れていた。港の周辺を当てもなくぶらぶらと歩いていたときに、そのおばあさんとめぐり会った。
「暑いですねえ」というたわいもない話から始まり、島での暮らしの楽しさや不便さ、孤独について、おばあさんは訥々と語った。そして、その流れから自らの来し方についても打ち明け始めた。
原爆で自分以外の家族を失ったこと、母親の遺骨を求めて自らも入市被爆したこと、差別を恐れて島の誰にも言わずにいたこと……。
どうして「誰にも言わずにいた」話を、初めて会ったばかりの僕に打ち明けようと思ったのだろうと、そのときは不思議だった。おそらく僕が「こちらが訊きたいことを聞く」という取材モードではなかったからではないか、といまは思っている。連絡船か来るまでの時間つぶしのつもりで、急ぎの仕事も抱えてなかったので、緩んだ心で、ただおばあさんの話に静かに耳を傾けることができていたのだろう。
おばあさんの許可をとって、僕は後日、その話を記事にした。地方版に小さく掲載されただけだったけれど、おばあさんはとても喜んでくれた。
「仏前に報告しました。これで、母も浮かばれると思います」と。
―ただ、話を聴く。
僕にとって、その大きな力を感じた最初の出来事。この季節になると、蒸し暑さと伴に、おばあさんの穏やかな声が甦ってくる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?