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【創作小説】佐和商店怪異集め「満夜天の夜」

「暗闇」「残響」「かつて」のお題をいただいて書いたものです。ありがとうございました。

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「佐和家の私物、とんでもないですねぇ」
「だよなぁ。ーー今度はちゃんと文句言えよ?すみちゃん」
「無事に出られたら考えます……」
菫と榊は、暗闇の中、膝丈の草を掻き分けながら何も無い草原を裸足で歩いている。暗闇とは言え、頭上には満天の星空があるため、そこまで暗さを感じない。

今日も今日とて、二人は夜勤中だった。
菫がじゃんけんに負けて在庫を取りに倉庫へ行くと、見慣れぬ蒼い壷を見付けたのだ。
即倉庫を飛び出し榊を問い詰めるが、榊も知らない壷。ただ、壷には「佐和」と書かれた札が貼ってあった為、恐らく佐和家の私物なのだろう。触れないようにしていたが、榊が少し壷の中を見てしまった。途端に中へ吸い込まれ、その手を掴んだ菫も同じ道を辿った。

それで今に至る訳だが。
落ちた先は草原で、壷の中のはずだが、満天の星空。それ以外何もない。地面が柔らかく、小石や痛いものも踏まなかった。歩いてはいるが、何も見つからないし、見つかる気もしない。
「少し休むか……」
「ですね……」
二人はぐったりとその場に座る。
足音が無くなると、草が風にそよぐ音だけが響く。心地良いが、やはり不思議な場所だ。
しばらく疲れと心地良さで、二人は無言だったが、榊が進行方向へ目を向ける。
「榊さん?」
菫が聞けば、榊は人差し指を自分の口の前に立てた。意味を理解し、菫も黙って同じ方を向く。足音が聞こえる。二人はそっと立ち上がった。若い着物姿の男が一人、やってくる。見通しが良すぎるこの草原で、突然湧いてきたような現れ方だ。
男はにっこり笑いながら、二人の前で止まる。
「こんばんは。久しぶりのお客様ですね」
菫も榊も、何も言えずにいると、男はまた笑った。
「私、壷天(こてん)と申します。ーー良かったら家まで来ませんか?」
「はあ……」
菫と榊は顔を見合わせた。

草原を歩き出して直ぐ、日本風の屋敷が突然現れた。驚く暇無く、二人は広い庭の見える縁側へ通された。
壷の中に住まう主と言う壷天は、ここに来た経緯を説明した菫と榊に、この壷について説明を始めた。
「ここは、満夜天(まんやてん)と呼ばれています。ーーこの満夜天の世界は、かつて天から地上に降りて来た神が、天の生活を懐かしく想い、壷の中に天の世界を再現しようと星の欠片と天の川の水を満たして作られたのが始まりでした。長い長い年月をかけ、今は天の川の水は枯れてしまっていますが」
あまりの話に、菫も榊も言葉に詰まる。壷天は、くすりと笑う。
「百年ほど前は、“耳をよくすませば、この壷から天の世界の残響が聞こえる”とも言われたものです」
「よく、何人も人は来るんですか?」
菫がようやく口を開く。
「いいえ。最近は招く力も弱まりましたから、壷が招き入れる者を選びます。あなた方は、壷に選ばれたのですね」
良いのか悪いのか。二人は顔を見合わせる。
壷天は何か思い出したように声を上げ、席を立つ。程なくして、一抱えの大きな桶を持って来た。
続けて、ガラスの水入れも持って来る。
桶へ、中身を注いだ。器の割に多い薄い乳白色の水が、あっという間に桶を満たす。
「裸足でいらしたでしょう。この水は天の川の水です。傷や汚れ、疲れも落ちますから」
「でも、天の川の水は枯れてるんじゃ」
「大丈夫。少しばかり、用意があります。それに、佐和殿に相談済みなので」
「そうだった、これ佐和家絡みだったな」
榊が疲れたような顔をするのを、菫が苦笑いで見ている。
「さあ、どうぞ」
促されて、まずは菫が服の裾を捲り、足湯のように桶へ足をつけた。
草による擦り傷の赤い線がいくつも走っている。ほっそりとした白い足に、余計その傷が際立って見えた。
「いっ、」
傷に滲みるのか、一瞬顔を歪ませる。
「痛かっただろ。早く言えば早く休んだのに」
「榊さんも一緒じゃないですか」
顔を逸して菫は言い返す。屈んだ榊は、笑って菫の足に天の川の水を掛ける。
「いっ、榊さんっ、ばしゃばしゃ掛けないでください!」
「こら逃げんな」
榊に足首を掴まれ、菫は動けなくなる。
「……榊さんにも掛けますからね」
「へいへい、治してからな」
足の傷は本当に消えた。榊の番になり、宣言通り、菫は容赦なく水を掛けまくる。
「いて、すみちゃん容赦なさすぎだろ」
「早く治るようにですね」
「目が笑ってねぇ」
顔を顰めていた榊だったが、菫が密かに笑うのを見つけ、諦めたように息を吐いて笑う。
容赦無い水攻めにより、榊の足も完治した。
壷天は楽しげに笑っていたが、いつの間に用意したのか、傍らに満夜天の壷に似た蒼い壷を用意していた。
「大変な夜でしたね。私は久しぶりのお客様で嬉しかったです。こちらを通れば、壷の外ですよ」
「壷天さん。ありがとうございました」
「世話になった」
菫と榊に、壷天はまた、にっこりと笑う。
「またいつか、いらしてくださいね」
二人が覗き込んだ壷の中は、やはり満天の星空。そこへまた吸い込まれ、上も下も分からなくなった。

気付けば二人は、佐和商店の倉庫に戻っていた。時間は全く進んでいないし、靴も元通り。顔を見合わせて、壷を見る。
「土足厳禁だったんですね」
「……もっと言うことあるだろ、すみちゃん」
榊は菫を見て少し笑った。だが結局、深く長い溜息をついたのだった。

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