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【創作小説】佐和商店怪異集め「嘘にしたい夜」
「僕ね、お化け視えなくなったみたい」
「……こんな時に、直ぐ分かる嘘止めろよ、兄貴」
「だって今日はエイプリルフールだよ?もっと楽しい嘘考えたかったんだけど、時間なくてさ」
助手席で楽しげに笑う兄を横目で見、榊は深い溜息をついた。
「それより、この嘘みたいな状況を何とかしてくれ」
四月一日の深夜。
静かな夜だ。榊と兄の晄一郎は、一般道をドライブしている。二人きり。榊の運転で、快調に車を走らせているが。
「上に乗ってる女?困るよね、僕ら別に心霊スポットとか行ってないのに」
晄一郎の言葉に応えるように、車の屋根の上からダンダン、と激しい物音がする。何かを叩きつけているような。ちなみに、今通行量のほとんど無い道を飛ばしているこの車は、そこそこのスピードが出ている。生身の人間が乗っていられるはずも無い。
「これ、ドライブレコーダーとかに映ってたら見てみたいよね。屋根の上に張り付いてるとか、結構滑稽だと思うんだけど」
「見てみたいとか思ってんの、兄貴だけだろ」
軽口を叩きながらも、榊はじっと前を見据えている。
「一回コンビニでも寄ろうぜ。今上にいるもん、フロントガラスに来たら終わりだろ」
「そか。ーーん、この先コンビニあるね、そこにしよ」
さっさとコンビニを調べ上げる兄に安堵しながらも、榊は物音がうるさい頭上を睨む。晄一郎も一瞬見上げ、直ぐに弟の横顔へ笑いかける。榊と同じ深い緑色の瞳が和み、ふわりと柔らかな灰色の前髪が揺れた。
「ごめんごめん。僕がカーブミラーに映ってるの見つけちゃったせいだからね」
「別に兄貴のせいじゃねぇだろ」
ちらりと、榊は兄の方を向く。
迎えに行った際、晄一郎が道端の古ぼけたカーブミラーを不意に見上げ、あ、と呟いたのは、確かに聞いた。そのまま走り出した直後から、女の呻き声、煩い物音が屋根から聞こえたのだ。晄一郎も天井を見上げて、あーあと苦笑いしていたから榊の勘違いでは無いようだった。聞けば、ミラーの中に長い黒髪のボロボロの女を見たと言う。それが憑いて来ている、と。榊はまだ実際に見ていないが、兄が言うならそうなのだろう、と早々に納得した。晄一郎は榊家で一番霊感が強いのだ。榊は兄の向こうの窓ガラスを伺う。屋根からそのガラスへ、手でも降りて来たらどうするかと想像しながら。
「いやー参っちゃうよねぇ。せっかく迎えに来て貰ったのに、お化け拾っちゃうとか」
「何で兄貴が言うと全部軽く聞こえるんだろうな」
大真面目に首を傾げる弟に、晄一郎は大笑いする。
「晃だからこんな軽口叩けるけど、普通の人と一緒だったら大変だよ。あちこちに気遣いっぱなしになっちゃう」
「まあなぁ。屋根にお化け乗ってるとか、そういう怪談あった気がしたけど、阿鼻叫喚だろ。事故るわ。ーーこれで人間だったら、どうする?」
榊はにやっと笑って兄を見る。晄一郎も、同じ笑みを返した。
「今ここで車止めて、二人で確かめる?」
どんどん、という音、金切り声のようなものが頭上から響く。寒気がして、榊は身体を震わせる。
「……コンビニまで耐久レースにする」
「後続の車のドライバーとか見ててくれて騒がれたら、もっとはっきりするんだけどね。今誰も居ないからなあ」
榊は後ろを見ながら言う兄の声を拾いながら、ふと考える。
どこかで見たその怪談では、お化けを屋根に載せてた車のドライバーは何も気付いて居なかったから、目撃者にとっての恐怖体験だ。だが、自分らはお化けを載せてるという疑い、自覚を既に持っている。第三者にも指摘されたらそれはもうーー
「……何も分かんねぇのも怖いが、確定されるのもそれはそれで怖いな」
「出来たら直視したくない現実だものねぇ」
のんびり笑って詠うように答える兄はいつも通りで、榊は深く考えることを止めた。兄がいるのだ、何とかなるだろう、と。
「店で塩買って撒くまでが勝負だからね」
「嫌な勝負だなあ……」
直ぐ様戻された現実に溜息をついて、榊は前へ向き直った。過ぎて行く夜の景色はいつも通りなのが、恨めしい気になる。
「大丈夫大丈夫。僕はお酒買うから。晃は塩ね」
「こんな作戦会議したくねぇんだよな」
晄一郎の軽快な声を聞きながらぼやいて、榊は前方を睨む。
コンビニまでの距離が、やたら長く感じた。