ポーランド国立放送交響楽団2024/2025シーズン:オープニングコンサート(ソリスト:角野隼斗)をラジオで聴いた

10月4日の26時、ショパンコンクール以来のポーランド語を浴びながらラジオを聴いていた。ポーランドの都市カトヴィツェで開幕する新シーズンのコンサートを聴くためだ。

経緯はコチラ

放送枠は現地時間の19時から22時。生放送で開演は19時半からなので、それまでの時間はポーランド語の中から英語に似た音を探す時間だった。
知っている言葉や人名、地名などが出てくればわかる。冒頭でHayato Suminoと聞こえたあとは美術館でマンガ展があるなど、お知らせが10分ほど続いて、ノスプル、とか、シュピルマンなどという言葉が並びはじめると、シュピルマンに関連する音源が2曲紹介された。

1曲目はWladyslaw Szpilman - "Little Ouverture"(公式音源見つけられず。非公式動画の掲載は控えています)
2曲目はシュピルマンにインスパイアされたジャズナンバー、”Szpilman Fantasy”
作曲(即興?)は、Uri Caine / Ksawery Wójciński / Robert Rasz
(リンクの8曲目がSzpilman Fantasyで、他の曲はシュピルマン作曲のものだそうです)

そして開演!
シーズン最初の公演だからか、司会(ディレクターさん?)の謝辞からのスタート。来場している観客は既にハイテンションで拍手に歓声にと忙しい。
解説の後ろでオーケストラの音だしが鳴っていたのが会場を感じられて嬉しかった。
チューニングのAの音が響き、拍手の中オルソップが登場。1曲目のバーバー【交響曲1番】から良い音に感激。

パートマイクが多く設置されていたようで、奏者の動作する音や譜めくりの紙の音が聴こえる臨場感。まるでステージの上にいるような迫力。客席で聴くのとは違う音作りが放送ならではの美しさだった。
弦の独特なうねりと歌い上げ方……2年前に聴いた生音が蘇り、これぞNOSPR! と涙があふれた。角野隼斗の出番はまだだというのに。

曲が終わると会場から大きな拍手と歓声が再び注がれた。カトヴィツェの観客がいつもこうなのか、開幕公演だからなのか、とにかく熱い。

そして今回、最も聴いてみたかったシュピルマン【ピアノと管弦楽のためのコンチェルティーノ】(公式音源が現在再生できず。非公式動画の掲載は控えています)

(追記:AmazonMusicで聴けると教えていただきました!他、有料系サブスクにも聴けるものがあるかも)

音源では何度か聴いていたが、オケが滑り出しから妖艶で、キャバレーに迷い込んでしまったと錯覚しそうな音に焦る(もちろんいい意味で!)。ここに角野がどうやって乗ってくるのかと思うが早いか、オケの更に上をいく艶やかで甘いピアノが耳に流れ込んできた。キャバレーどころか、傾国の囁きだった。ポーランド語のニュアンスを捉えた音形を交えて、クラシックもジャズも流行歌も取り込んだような音楽の誘惑に抗えるわけもなく翻弄される。
キメのフレーズに向かう前をたっぷり溜めるオルソップのテンポに乗り、オケとピアノが絡み合う極上の時間だった。
特にカデンツァでは、ショパンオマージュのようなフレーズや、独特のコード、ハープのグリッサンドのような流麗なアルペジオなどなど、角野の魅力が収まりきらないほどふんだんに聴くことができた。

またもや大きな拍手が長く続き、会場の休憩時間を使って解説が始まる。
「このシュピルマンの滅多に演奏機会のない作品のソリストは角野隼斗。29歳の若き彼はショパンコンクールで大変よく知られているアーティストですが、作曲家で編曲家、即興演奏家でもあるのでシュピルマンとの共通点がたくさんあります」
「オリジナルのカデンツァは角野隼斗のものです」

なるほど、ポーランドで滅多に演奏機会がないということは、おそらく世界的にも機会が少ない曲なのだろう。始まる前にこんなことを考えていたが、やはり大変に貴重な放送だったようだ。
なんとかシュピルマンだけでもYouTubeで多くの人が視聴できるようになると良いのだが……簡単なことではないだろう。

ここで、角野はポーランドで「大変よく知られているアーティスト」なのだということも判明した。きっかけはやはりショパンコンクール。
その上で、シュピルマンとの共通点として、作編曲と即興を得意とすることもしっかり伝えていた。共通点、というのは親近感を抱かせるものでもあるので、角野とリスナーとの距離が近づくのに一役買ったコメントだったのではないかと思う。

休憩中にオルソップのインタビューがあった(生か収録か不明)オーケストラとの親密な関係や今回のプログラムについて話していた。
全て訳したいが都合により、角野について話していた部分だけの抜粋。
「(彼との(ここでの)次回公演は?のような質問に対し)それは難しい質問ですね、彼とは最近、日本でのウイーン放送響とのツアーを終えたばかりです」(しかもこのあとアメリカで共演ですね)
「彼にとても愛着を感じています。私たちの間にはある種の親しみ(familiarity)が生まれました。彼と一緒に過ごした時間のおかげであるのかはわかりませんが、オーケストラはツアーの素晴らしい思い出があり、彼を本当に高く評価していると思います」
「特に彼の即興演奏者としての天性の才能、彼が演奏するカデンツァは偉大な音楽家のためのとは決して同じではなく、本当に興味深く、刺激を受けます」

それから、シュピルマンの曲についてオルソップも「オーケストラがこれまでここで演奏したことがない曲」と話していた。それがカトヴィツェの地を指すのか、新しくなったホールを指すのかは言及していなかったので不明だが、上で解説者が言った「演奏機会の少ない曲」が強調されたのは確かだろう。

休憩が終わり、続いてはブラームス【ハイドンの主題による変奏曲】

前半の妖艶さが嘘のように爽やかな空気。真っ直ぐで、純粋で、欲がなく、澱みのない信心深い音に心が洗われた。

そしてガーシュウィン【ラプソディー・イン・ブルー】

当たり前のように鍵盤ハーモニカのかてぃんカデンツァ付き。
これまで完璧に曲を手中におさめていたオーケストラが、ほんの少し初々しさを感じさせる。スネアが遅れを取る場面もあった。パートマイクのディレイの可能性もゼロではなかったかもしれないが。
この初々しさや遅れは、もしかしたらポーランドではシュピルマン以上にラプソを演奏する機会が少ないからかもしれないとも思った。だとすると、初めてラプソを生で聴く、という観客も多かったかもしれない。初めてが角野のラプソだなんて、幸運すぎる。
角野が調整したり、ナビゲートするようなアクセントで打鍵した場面もあったように思う(これは私がそう感じただけなので実際にそうだったとは決めすぎないでください)

管楽器の面々が生き生きしていて、それもまた初々しく感じた理由かもしれない。音が弾んでいて、管のメンバーは念願のラプソだったのかもしれない。金管のミュートも最高におどけていてチャーミングだった。

角野は慣れた曲の中を優雅に泳いでいたように感じた。演奏に余裕があるためか音色のヴァリエーションが更に細かさを増し、1音1音に魅了される。いちいち刺さる。遊走する指から発する音に惑わされ、あっという間の時間だった。
カデンツァにメロディアスで甘い、ラブバラードのようなフレーズが登場していたのが印象的だった。シュピルマンにショパンを感じたように、ガーシュウィンにシュピルマンを混ぜ込んだのかもしれない。それを含め、蜂蜜のような透明感とコクのある甘美な音色は、今までのラプソと全く違っているように感じた。ホールの音質も関わっているのかもしれない。
知りたいことがありすぎるので、ラボなどで本人からの感想や解説があることを願う。

そういえば、このnoteにロンドン公演の動画を貼りながら聴いて思い出したが、カトヴィツェの観客は鍵盤ハーモニカの登場にざわめくことはなかった。日本での公演のように、普通のことのように静かに音楽に聴き入っていた。
これはやはり、休憩中の紹介にあった「大変よく知られているアーティスト」だからなのだろうか。ポーランドの人たちが角野のYouTubeチャンネルを熱心に見ているのかもしれないと思うと嬉しさがこみ上げる。

全てのプログラムの終演に、驚くほどの大歓声と万雷の拍手が響き渡った。オーケストラの足踏み(拍手のかわり)が地鳴りのような大きさで、しかも低めの太鼓かなにかが拍手の早さで叩かれているような音も聴こえた。

最高潮の盛り上がりがおさまらない観客に、オルソップがアンコールを告げる。
「特別なアンコールをお送りします」と紹介されたのは、James P. Johnsonの【Victory Stride】

音だけなので最初はわからなかったが、すぐにピアノの音が聴こえてきた。
ソリストとオーケストラが共同で演奏するアンコールは、ないわけではないが、毎回あるわけではない。言葉通り「特別」なのだ。

最後の曲がラプソなので、カーテンコールのステージにピアノが残ることはわかっていた。期待していたのは2年前の日本ツアーファイナルに披露されたピアノ入りの【キャンディード序曲】だったが、同じメンバーで同じ曲をするより彼ららしいと思った。予想を飛び越え期待の上をいくのが彼らなのだ。
角野のピアノソロが埃と酒と煙草と女の匂いを振りまき、代わるがわるにソリストが立ち上がってアドリブを披露する中で、なんと、角野が2度目のソロをとった。しかもピアノではなく鍵盤ハーモニカ! キーを変えたラプソの冒頭部を食い気味で差し込むその入り方が、これ以上ないほど完璧で、最後の最後にまたしても射抜かれた。ピアニスタ! ファンタジスタ!

客席で踊っている人がいるんじゃないかと思う程の熱狂のスイングに、寝静まった部屋で体を揺らした。コンサート会場では遠慮して体を固めているので、こういうときは家での鑑賞が最高だなと思う。

3年前のショパンコンクール以来のポーランドでのステージ。
そこにVictoryの文字があることを、ファンとして、勝手に、意味のあるものだと思い込むことにするのは罪ではないだろう。

ブルガリアの独立記念日に角野をソリストとして招聘した人物は「彼は私にとっての優勝者」と書き残している。
素晴らしいピアニストはたくさんいる。優勝したブルースも大好きだ。
しかし私にとっての優勝者は角野隼斗だし、ピアニストひとりが審査上の頂点に立ったとしても、ひとりひとりの心にそれぞれの優勝者がいていいはずだ。
YouTubeの動画コメント欄にも世界中から「彼こそ優勝」と思い思いの激励、称賛が並んでいた。ポーランド語での想いも多く綴られていたことを、今も鮮明に覚えている。
地元ではないので言い方が違うかもしれないが、ある意味、「凱旋」だと感じた。
「このポロネーズを何年も待っていた」「今までショパンを好きになれなかったけれど、彼がショパンの言いたいことを私に教えてくれた」そんな言葉が他でもない、ショパンの国の人々から発せられていたのだから。

全てが素晴らしい、最高のコンサートだった。
そして角野も、今までの上手さとはステージの違う高みに上がったように感じた。音楽の中に観客を呼び込む手が見えるような、全体を完全に掌握しているような余裕と包容力が備わっているように思えた。
単純に、このところ多く共演を続けているオルソップの包容力とシンクロしていただけかもしれないが、あの包容力とシンクロできるという機会は、間違いなく角野の音楽をより大きなものにしただろう。
持ち前の上品さ、透明感、柔らかさ、鋭さなどすべてが増していた。

そしてなによりも、それを観客に音楽として提供、還元し、大歓声と総立ちのスタンディングオベーションを受け取った、このことが大きな喜びと自信になり、角野の根を、幹を、更に太く、確かなものにしただろう。

2日後には同じ場所で単独のコンサートも行う予定の角野。どんな演奏をするのか、これは放送にはならないようだが、遠くから彼の成功を確信している。


終演後に紹介のあった曲も載せておきます。
来日ツアーの1曲目を作曲したパヌフニクの曲でした。
Andrzej Panufnik - Autumn Music

まだ興奮していて、書きたいことが抜けている気もしますが、訳したところなど需要あると思うのでこのあたりで公開します。
読んでくださりありがとうございました!
ハヤトサイコー!

追記:シーズン開幕公演のソリストというだけでも超好待遇じゃんと思ったのに、なんとこの公演はコンサートホールオープン10周年のお祝いでもあっただったとのこと! 調べ足りませんでした! 祝祭オン祝祭! 
おめでとうNOSPR! そしてそんな素晴らしいお祝いの場に招待(ラジオ)してもらえたなんて、嬉しすぎます。ありがとうNOSPR!!

大盛会の様子が公式にアップされました!


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