AnimagiC に参加 2. ドイツのオタク達に驚く

 昼食を食べ終えて、TRUEさんのサイン会待機列に並んだ。日本では、サイン会とライブを同日に楽しめるイベントは珍しいので、貴重な機会である。サイン会待機列は建物正面入り口からすぐのエントランスに形成されていた。アーティストごとにポールで区切られているのでわかりやすい。既に50人ほどは待機していただろうか。何にサインをしてもらおうか、特にアイデアがなかったが、会場のショップで最新シングルが売られていたので、これのジャケットにサインしてもらうことにした。日本での倍ほどの値段がしたが、サイン会参加費と思えば安いものだ。実際、サイン会への参加は無料なのである。なかなかアーティストに会う機会のない海外のアニメファンがこれだけ集まるわけだ。
 待機列で、いきなり Are you Japanese?とアジア系の方に話しかけられた。ぱっと見で日本人の雰囲気を感じたので、はいと日本語で答えると、携帯の充電器を貸してほしいと尋ねられた。電池が残り10%とのことで、帰りも考えると自分のために取っておきたい気もしたが、これも縁だと思って貸すことにした。彼はフランクフルト在住の日本人で、歳も自分とほぼ変わらなかった。話しかけられる前に、現地の方々とドイツ語で会話しているのを聴いていたが、大学時代にライプツィヒに留学していたのだという。今は仕事で英語を使う機会の方が多いようだが、ドイツ語の方が得意なので苦労しているそうだ。ドイツ語が出来ないので英語に逃げる(?)日本人は度々見かけるが、ドイツ語の方が堪能というケースは初めてなので、こういう人もいるのだと驚いた。TRUEさんの代表曲の一つ、バイオレットエヴァーガーデンのOPである Sincerely は、7年前の AnimagiC で世界で初めて歌唱された。彼はこの伝説的な AnimagiC に参加していたようで、それ以来久しぶりの AnimagiC 参加のようだ。
 自分たちの番が近づき、TRUEさんの姿が見えた。接近イベントは久しぶりだが、人生経験を色々と積んだからか、不思議とそれほど緊張はなかった。待機列から通路を挟んだサイン会ブースの方に移動し、自分の番が来た。TRUEさんと通訳さん、そしてマネージャーさんと思しき方の3人体制。購入したCDの裏側ジャケットがTRUEさん本人の写真なので、そこにサインしてもらうと決めていた。CDの表側のジャケットは、紙が取れるので直接紙にサインしてもらえるが、裏側ジャケットははそうではないので、CDケースに書いてもらおうと思っていた。CDを渡すと、マネージャーさんらしき方がケースを開けてCDの入っている部分を取り外すし、裏側の紙を取り出してくれた。こうやって取り出せるのをTRUEさんも知らなかったようで、とても驚いていた。こうして、ジャケットの紙に直接サインをしてもらった。サインをしてもらいながら、4月からドイツに来て、TRUEさんがマンハイムに来るので電車を乗り継いで会いに来たことを伝えた。ドイツに来る前は日本にいらっしゃったんですか?と聞かれ、はい、ずっと日本にいたのですが、仕事の関係でドイツに来ることになりました、TRUEさんがドイツに来てくれてありがたいです!と拙いが素直な気持ちを伝えた。結局、話している間はめちゃくちゃ緊張している自分がいることに気が付いた。緊張しながらも、伝えたいことは自分の言葉で伝えられたと思えたし、こうしてサインまでいただけてとても嬉しい。サイン用の色紙が傍に用意されていたので、サインしてもらうものを持参しなくても、実は問題はなさそうだった。
 ライブまでは少し時間があったので、待機列で知り合った方(以下、彼)と食事会場に移動し、休憩がてらレモン味のソフトクリームを買って食べた。そういえば、ソフトクリームをドイツでは見かけたことがない。日本独自のものなのかもしれない。ソフトクリームを食べながら、ドイツ生活について色々と話をした。彼はドイツの方が日本より肌に合っているようで、日本にはしばらく帰る予定はないと言う。こうやってドイツで生き生きと暮らしている日本の方に会えると、ドイツ生活にも希望が持てるというものだ。留学してからこうやって再びドイツに来るまでは、日本で7年ほど働いていたようなので、それでもドイツ語の能力を維持できていたのはすごい。聞けば、ドイツ人の知り合いを作って、ドイツ語を話す機会を自主的に作り出していたそうだ。同時期に共に留学に行っていた人たちの中には、今ではほとんどドイツ語を忘れてしまっている人もいるそうだ。これは自分のドイツ語能力の維持向上のためにも良いヒントになると思った。
 ライブまであと30分ほどになったので、会場のホール前に移動した。ホールの扉の前には、既に長蛇の列ができていた。そういえば、会場を歩き回っていて何度もシュランゲという単語を耳にした。たぶん、ドイツ語の Schlange, つまり蛇のことだと思った。ドイツ語でも、人が長い列を為していることを蛇に例えるのかもしれない。あとで調べてみたら、実際に Schlange stehen や Warterschlange という表現があることを知った。異なる言語でも同じような比喩表現があるのは面白い。前のプログラムが終わり、ホールの扉が開いて待機していた人たちが一斉に中へ入っていった。ホール内にはパイプ椅子が並べられ、横に20列、縦には30列ほどあるように見えた。前から5列目中央やや下手寄りの座席を確保した。隣に座っていたアジア系の方に話しかけられると、その方と彼はドイツ語でやり取りを始めた。話している内容は理解できないが、アニメカルチャーを通じて国際交流がなされている現場を目の当たりにして嬉しくなった。
 ライブ開始の時間になり、壇上に司会者の男性が現れた。もちろんドイツ語でのMCだが、彼が日本語に同時通訳してくれるので非常に助かった。司会者の紹介で、TRUEさんが壇上に登場した。会場のボルテージは一気に上がった。多くの人が可変式のペンライトを持っていて、しかも複数本持ちも珍しくない。曲の拍に合わせてオイオイと掛け声をする、日本と変わらないその盛り上がり方に安心した。日本では大多数の観客は楽曲に合わせてペンライトを振るが、こちらの方々はそれぞれ思い思いの振り方をして楽しんでいて、その違いが面白かった。全体的に調和の取れた、日本の観客のペンライトの動きも素敵ではあるが、周囲となるべく合わせなければいけない同調圧力のようなものを感じることもあった。周りを気にせずに、自分の好きなリズムの取り方で盛り上がる様子に、ヨーロッパ的個人主義を感じるとともに、こういう楽しみ方もアリだな、と目を見開かれたようにも感じた。曲が終わると、アンコールのように会場全体で TRUE! TRUE!  の大合唱が起き、これも日本とは異なる文化だなと思った。
 TRUEさんは基本的に英語で、時折ドイツ語も挟みながらMCをしていた。Sincerely では、その歌声のパワーとステージ上での堂々とした立ち振る舞いに圧倒され、思わず涙してしまった。ここ2-3ヶ月、鬱屈とした日々が続いていたが、TRUEさんの自分の歌を人々に届けようとするプロ意識、そして覚悟を感じ、自分もまた頑張ろうと思えた。ライブは楽しいということもしばらく忘れてしまっていたが、今日は素直にそう思え、自分が好きなことを再確認できた貴重な時間になった。ライブが終わると、客席からアンコールの大合唱が巻き起こった。ドイツにもアンコール文化があるのかと彼に聞いてみると、基本的にはそういう文化はないが、日本ではこのような文化があることを彼らは把握しているのだという。タンデムパートナーと話している時もよく思うが、彼らの知識量にはいつも驚かされてばかりだ。
 ライブが終わり、大満足の気持ちを胸に、彼と会場を後にした。マンハイムの駅まで一緒に歩き、連絡先を交換して別れた。電車に乗る前に、折角なのでマンハイム大学に寄ってみた。この大学は、ヨーロッパでヴェルサイユ宮殿に次いで大きいバロック宮殿のマンハイム城を校舎として使用している。日本人の留学生も多く在籍しているらしい。Rosengarten から駅を通り過ぎてさらに10分ほど歩くと、大通り沿いに巨大な建物が目に入ってきた。正面から見たマンハイム大学は、確かに大学というよりは王侯貴族の住まう宮殿にしか見えなかった。夏休み中だからか、学生の姿はほとんど無く中庭はがらんとしており、それが宮殿をより大きく感じさせた。
 マンハイム駅に戻り、18時半のSバーンに乗ってカールスルーエ方面へ。そこからIREに乗り換えてシュトゥットガルトまで行き、バスでテュービンゲンへと帰った。日曜の夕方だからか、電車もバスも終始混んでいて、帰路はずっと立ちっぱなしだった。22時ごろ帰宅。とても長い1日だった。来年も都合が合えばぜひ参加したい。

自宅の棚に飾らせていただいてます

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