【短編小説】ぜんぶ、ぜんぶ、クソくらえ
恋だの、愛だの、青春だの、全部、クソくらえだ。
「葵ー! これ、慎二君に渡してくれない?」
帰りのSHRが終わって、家に帰る準備をしているクラスメイトの香苗に呼び止められた。その手元には、家庭科の授業で作ったクッキーがラッピング袋にキレイにまとめられている。
「えぇっと、慎二。受け取らないと思うよ。ていうか、受け取ってもポーイってしちゃうと思うけど」
「全然いいよ! ダメ元だし!」
ダメ元なら、自分で渡しなよ。
「んもー。わかった。なにがどうなっても恨まないでよー?」
現代社会を生きていくためには、本音には蓋を閉めなくてはいけない。無駄な争いも引っ張り合いもごめんだ。何事もなく平和な学生生活を送るためには、必要なこと。
「もちろん! ありがとう」
私の返事に香苗は歓喜の声を上げた。私はカバンの中からエコバック代わりに使っている小さなショップバックを出して、香苗のクッキーを入れる。
「どーいたしまして」
その様子を見ていた他のクラスメイトの女子から「私も」「私も」と次々と渡されてしまい、小さなショプバックはあっという間に満員御礼となってしまった。
「葵、ありがとう」
代わる代わる言われる感謝の言葉に、私は、困ったように眉を下げて、口角を上げて笑って、こう言うんだ。
「仕方がないなー。お礼、楽しみにしてるからね!」
私がそう茶化しながら了承の言葉を返せば、みんな満足して、それそれの部活やバイトに向けて散っていく。私はそれを見送ってから、教室を出る。こぼれそうになるため息は飲み込んだ。
「慎二。ねぇ、シン。聞いてる!?」
「んぁ? なんだ、アオか」
他人の家なのに歩き慣れた廊下。その奥にある居間の真ん中に寝転がってアプリゲームに夢中になっていた慎二は、私の何度目かの呼びかけにやっと振り返った。その顔はシャクだけど、様になっている。イケメンと言われる部類ではあることは認めざるを得ない。
「なんだ、アオか。じゃないわよ」
「へーへー」
私のイラつきに気づいているクセに、軽く流す慎二。こんなだらけた慎二の姿を見た女子たちは幻滅する人が続出しそうだ。
「はぁ」
「アオ。そんな若い時からため息なんかついてると、来年にはババァになるんじゃないか?」
ククっと喉を鳴らす慎二に収まりかけていた怒りが再燃しかける。慎二は口も悪い。そもそも、女子たちが夢中になっている慎二君は、悪運にも、私の幼馴染み。その上、家も隣同士なので、家族ぐるみのお付き合い。こうして、お互いのプライベート空間に行き来だって慣れたものである。
少女漫画なら、王道とも言えるシチュエーションだと、入学当初に私たちの立ち位置を知ったクラスメイトたちは盛り上がった。それも一時のブームで、数ヶ月も経てば、ただの幼馴染み。高校二年となった今は、人気者の男子に手早く簡単に繋がる女子となった。
「うっさい。それとコレ、クラスメイトの女子から」
「アオさ、こういうの断れないのかー?」
クッキーで埋まったショップバックを丸ごとを渡すと、そのイケメンと言われる整った顔を歪め、げんなりしている。
「だーかーらー。無理だって言ってんでしょ。女子には女子のお付き合いってものがあるんだから仕方がないでしょ」
「わーったよ。声でけーなー」
わざとらしく耳を塞ぐように手を当てる慎二にプチッと我慢の糸が切れた。
「慎二のせいでしょーが!!」
私たちは絶対的にソリが合わない。
子供の頃から、チヤホヤと周りから甘やかされていた王子と、王子に振り回されてきて女の子の敵となりがちだった私。合うわけがない。
長年の付き合いから得た処世術で、私は明るい子。そして慎二は、見た目を生かした優等生の王子様に。お互いに外面はよく保っていると思うけど、どうしても、お互いが学校内で話している時は一線が引いてあるというか、ピリッとした空気があるんだと思う。
慎二にとって「幼馴染みは恋愛対象ではない」と認識した女子たちは、刺々しい嫉妬心を無くして、水飴のように甘い声でねだってくる。
まさか、高校まで一緒になるなんて思ってもいなかった。片田舎であるこの辺では頭の良し悪しより、通えるが優先されるため、選べる高校も限られてくる。
だから、仕方がないとは理解している。けど、なんとも言えない気持ちになったのは確かだった。
「真里さんは?」
一度、吐き出してしまえば、冷静になるのはすぐだ。居間以外の場所から人の気配は感じられないことに気づいた。
「母さんは、今日、遅番。父さんは仕事で遅くなるって」
「それなら早く言ってよ。うちに晩ご飯食べに来て」
「いいよ。こんだけクッキーあるし」
さっきまで、興味がなかったはずのクッキーの袋を一つ一つ検品している。
「あーのーねー。成長期の高校男児が、なに菓子で晩ご飯済ませようとしてんの。さっさと、着替えて、うちに来るっ」
ガサコソとバックを漁っている慎二の頭をペシンと叩く。
「いてっ! ほんと、アオって学校とここじゃ、キャラ違うよな」
「それはお互い様でしょーが」
のそのそと自室へと向かった慎二の背中に向かって言うと、慎二はヒラヒラと手を振った。
そうお互い様なのである。
私たちは周りが求める理想像でいることで、守っているのだ。
「ごちそーさまでした!」
我が家で夕ご飯を済ませた慎二は、いそいそと片付けをはじめる。
「シンちゃん、お水に浸けてくれればいいわよ」
「えー。すいません」
お母さんは、慎二に甘い。
「洗ってもらえばいいじゃない」
まだ食べ終わっていない味噌汁を飲みながら私がぼそりと言葉を転がす。
「えぇ。でも、シンちゃん男前じゃない。そんなことやらせるのはねぇ」
「あっそ」
拾ってもらえたらと思って転がした言葉だけど、拾われたら拾われたで、私の心はモヤモヤと曇る。
「葵ったら、ツンツンしちゃって、年頃ねぇ」
お母さんのかすってもいない、どうでもいい呟きを私は拾わない。
ちらりと慎二の様子を見る。慎二は慣れた手つきで、チャプチャプを水の中へと食器を沈めると、手を洗って「それじゃ、失礼します」と好青年の表情で礼儀正しく、自宅へと帰って行った。
「はぁ、でも、本当に男の子ってあっという間に大きくなって」
「お母さん。おばあちゃん発言だよ、それ」
「我が子は年頃になったと思ったら可愛げなくなって……お母さん、悲しい」
お母さんは両頬に手を当てて、ため息をつく。
主婦一筋のお母さんは、ちょっと世間様からズレている。そこそこいい年齢の大人なのに、いまだに、少女漫画のようなオーバーリアクションだ。
「顔とか見た目は遺伝だと思うけど」
「ひねくれちゃって、シンちゃんみたいに、ご近所さんが振り返るような男前が近くにいるんだから、葵もキレイになりなさいな」
こう言うところがちょっと、無神経だと思う。
「うるさいな」
「もう、シンちゃんがいなくなると荒れるんだから」
「慎二は関係ないし」
「あらそう? でも、お互いまだ彼氏彼女いなんでしょ? だったら……」
「そういうのやめてって言ってるでしょ!」
大きな声が出てしまった。
台所はしんとして、換気扇が回る音がよく聞こえる。
「……ごちそうさま」
「あ、葵。その、ごめんなさい。お母さん、忘れてて」
さすがのズレているお母さんもマズいと思ったらしく、しどろもどろに謝罪を口にする。
わかっている。お母さんが悪気がないことを。ただ、純粋すぎる言葉は毒みたいにじわじわと広がって、気持ち悪い。
「……」
私は無言で台所を出た。
「ねぇねぇ、葵ちゃん。あの噂ってホント!?」
変化は突然やってくる。
変わればいいと思いながらも、変わることはないと諦めていたこと。
「どの噂かな?」
私に、ウソかホントかを確かめてくるような噂話は十中八九、慎二に関することである。ついに私と慎二が付き合いはじめたのだの、知らない女の人と歩いてただの、色々、根も葉もない噂ばかりだ。
いつものように笑顔をつくって聞き返す。
「慎二君がCクラの真壁さんと付き合ってるって、ホント?」
「え?」
「だから、真壁 美幸と付き合ってるってホント??」
予想外の噂だった。
聞き慣れない音、真壁美幸と頭の中で何度か繰り返して、思い出した。高校1年の時に同じクラスだったことを。彼女は大人しくて、控えめて、それでいて、成績も優秀。まさに大和撫子のような女の子と言えば、彼女と言い切れるぐらいの女子だった。
「あーっと。そういう恋バナとかって慎二とは話さないから」
興味津々な女子たちを目の前にフリーズしてしまっていたことに気づいて、あわてて、言葉を返す。ウソかホントはさておき、このままノーコメントでは、あらぬ噂が立ちかねない。
「えー!? じゃあ、もしかしてホントなのかな!?」
「いやー。どうだろう?」
私のイエスともノーともしない言葉で嵐が巻き起こる。
幼馴染みが知らない=真実なんじゃないか、そんな計算式が女子たちの頭の中で出来上がったのが目に見えた。
「葵、幼馴染みでしょ!? 聞いてみてよ」
「えぇ。さすがに、ちょっと……」
「私たちじゃ、もっと、聞けないもん!」
「ねっ! 私たちを応援すると思って!」
怒涛とも言える質問責めによって、私は強く拒否をすることはできなかった。
今までのツケが回ってきたとしか言えない。
「……あんまり期待しないでね」
あいまい過ぎる回答ではあったけど、”慎二に聞く”と言うことを了承したことになる言葉に、彼女たちは満足気にうなずき、喜んでいた。
すごくすごく、気が重い。めんどくさい。
でも、なにもしなくても女子たちからの非難は起こるだろうし、勝手に返事を推測したところで、後々が面倒なことになる。
別に、いつもみたいに慎二に聞けば、嫌々ながらも答えてくれるのはわかっている。
お互いにお互いの状況をわかっているから。
だからこそ、この変化は大きいし、衝撃的だった。
周りからの理想像でいること、それが幼馴染みである私たちなりの守り。
本来の自分を明かすことは、それを崩すことになる。
崩れてしまえば、戻すことができない。
自分を守ることができなくなる。
そんなことを、慎二はしたのだろうか?
信じられない気持ちと、信じたくない気持ち。
視界がぐるぐると回る。
「アオ。起きてるんだろ?」
コンコンとドアを叩く音とともに、今、一番、聞きたくない声が耳に届いた
「アオ、入るぞ」
なにも言葉を発しない私にしびれを切らしたのか、ドアが遠慮なく開かれた。
慎二は、王子様なんかじゃない、俺様な王様だ。
「不法侵入、ヘンタイ、セクハラ、エッチ」
ベットに寝転がったまま、思いついたままの単語を投げつける。
「なに、子供みたいに拗ねてんだよ」
「うるさい」
腰に手を当てた慎二は呆れたような表情を浮かべている。
私だって、今の状況に、自分で自分に呆れているんだ。何が何だか自分でもわからない感情、弱弱な自分が情けなくて泣けてくる。マラソン終わりのように全身が重くてだるい体をなんとかゴロリと反転して、背を向ける。
「なんだ、マジで体調悪いんか?」
私の力ない返事を聞き取ったらしい慎二が近づいた気配がした。ぎしりと背中側のベットが沈んだ。
「……ほっといてよ」
「はぁ。お前って、普段、ガミガミしてるくせに、自分の言葉でへこむよな」
慎二は女の子に気遣えるような王子様じゃない。
「聞いたぞ。おばさんとケンカしたんだって?」
ほら、わかってない。
女の子の気持ちなんて、わかんない俺様で、周りの女の子たちに語りかけている言葉は観察から得た経験則で言っているだけで、気持ちなんて分かってない。
「俺とお前が、なーんて、いつものことだろ? どうしたんだよ。ほかに、学校でなんかあったのか?」
なのに。どうして、私の気持ちを見つけてしまうの。
幼馴染みで、17年近くも一緒にいただけの経験則。
わかっている。わかっているのに。
「……べつに」
「はぁ。別に、じゃねぇだろ。どうせ、俺のことで、アレコレまた言われて、無駄に溜め込んでいるんだろ?」
その無駄に優しい声は針となって、私の中に溜め込んでいた袋に刺さって、はじけた。
「いてっ!」
起き抜けに、一発、背中にグーを叩きこむ。
「おっ前、なにしてんだよ……」
「それはこっちのセリフ! あんたは笑顔振りまいていれば良いかもしれないけど、こっちは、笑っている以外にも、友達同士に気を遣わなきゃいけないの! ヘタなことを言えば恨まれるし、かと言って、黙っても恨まれる。笑っているだけじゃどうにもなんないのよっ!!」
吐き出したあとに、ハッとした。
なんて支離滅裂なんだろう。ただの情緒不安定な女。面倒な女。最悪だ。
シーツのシワがじわじわとぼやけていく。
「それでこそ、アオだ」
「は?」
なにを言ったのかわからず、思わず、顔を上げた。
目の前の慎二は笑っていた。
「アオはさ、周りに気を使って、我慢してる。その分、家ではめちゃくちゃ口が悪い」
「……うるさい」
「そんでもって、悪役になりきれない、真面目なヤツ。ほら」
泣き顔を見せるのが悔しくて、手のひらを使って、顔を拭っていると、慎二がティッシュ箱を寄せて渡してきた。
「な、に言ってんの」
奪い取るようにティッシュを掴んで、濡れた頬を拭う。
「こんな風に限界まで当たり散らさない辺り、真面目だと思うぞ」
「ばっかじゃないの。慎二だって、王子様キャラを保ちながら、なんだかんだ周りのこと考えてるじゃん」
そう。私が周りに気を遣っていると言うなら、慎二だって気を遣っていることになるし、そうしていることを私は知っている。
「ほら、ヘラヘラ笑っているって言いつつ、俺のことだって気にかけてくれているじゃん」
「べつに、ヘラヘラ笑ってるとか言ってないし」
「はいはい。アオのツンデレ出たー」
「馬鹿にしてるでしょ!?」
もう一度、グーを作った手を思い切り振りかざすと、慎二は楽しげにケタケタと声に出して笑った。
「ま、俺もさ。アオみたいに、理想像でいる、演じているって思ってたんだけど。真壁さんにさ、言われたんだ」
キュッと心臓が締め付けられた。
聞かなきゃいけないと思っていたけど、口に出すことができなかった人物の名前が、慎二の口から出た。
「真壁、さん」
私の変化なんて、気づかない慎二は、軽快に言葉を繋げる。
「うん。真壁美幸にさ。気ぃ抜いてグダグダ愚痴ってるところ、見られたんだよ。いやーあん時は焦ったわー」
「はぁ……はぁああ!?」
予想外な展開ばかりで、私は驚きで大きく口を開けることしかできなかった。
「いやー俺も今考えれば、アホだったと思うよ? でもさ、高校の図書室なんて使うやついると思うか? しかもさ、受付は離席中ってなってたわけ。誰もいないって思うじゃん。でも、部屋には人がいたんだわ」
離席中とプレートが出されている時点で、人がいることを想定すべきだと思うのは私の考えすぎじゃないと思う。
慎二は王子様と言われているが、優等生=頭が良いワケではない。生活態度と運動神経の良さはあるけれど、テストの点数で言えば、人並みで、時々、抜けている。
「気まずそうにしている真壁と目があって、俺は、秘密にしてくれって言ったんだよ。俺のキャラが崩れるといろいろ困るからって、そうしたらさ、真壁がさ、不思議そうに、俺に言ったんだ」
なんとも言えない顛末に頭痛がしてきた時、慎二は、言葉を区切った。
「でも、それも桂木君でしょ?って、否定するつもりはないけど、家族といる時と、友達といるとき、違うのは当たり前じゃないかって」
私の中で、何かが外れた気がした。
「目からウロコってヤツ? なんかさ、俺らってさ重くさ、考えてたんじゃねぇかなって。もちろん、真壁が、俺に興味のない女だったって言うのもあるけど、それでもさ。だらけた雑な俺もさ、みんなが大好き王子様な俺も、どっちも俺ってことには変わりないって言うか」
自分を縛り付けけていたのは、自分だった。
たしかにキッカケは周りだったかもしれない。
だけど、解くことを選ばなかったのは自分だ。
「アオ。1年時、真壁と一緒だっただろ?」
「あ、うん」
「お前のこと、すごく感謝してるって言ってた。コミュ障で、なかなかクラスに溶け込めなくて、グループ分けとかで困ったりしてると、お前がさ。さらっと声をかけてくれるんだって」
さっきの明るいふざけた雰囲気とは違って、優しい声だった。
「別に……一人だったのが見過ごせなかっただけだし」
「アオはそんなつもりなくても真壁は、自然に会話に入れてくれるんだって。会話がうまくできない時にさりげなくフォローしてくれて、だから、友達も増えて、今のクラスでも続いていて、感謝してるって……お前、すごいじゃん」
慎二は握った拳でトンと私の肩を軽く当てる。
まるで勝利を喜ぶみたいな動作だったけど、私には褒められたような気がした。
「ま、真壁さんがお人好しなだけじゃないの?」
「それは言えてるかもな」
私のツッコミに、慎二は喉を鳴らして笑った。
「ちょっと! そこはフォローするところでしょ!!」
「おっ。調子戻ってきたな」
「うるさい」
慎二の言うとおり、怠かった体は軽くなっていた。
「ま、だからさ。俺らのキャラを本当の自分じゃないって否定するんじゃなくて、これも自分だなって、ちょっとずつでも認めてやろうかなって」
ずっと閉めきっていた部屋の窓を開けたように、心地いいものが胸を通り過ぎる。
「だってさ、俺ら、まだ10代よ? 肩ひじ張らずに、気楽に青春謳歌するのも良いと思わね?」
私は、見えるものを見えないように、気づかないように閉じていた。
「……そうね。絶賛、青春謳歌中の慎二くん」
「なに言ってんの? お前もじゃん」
だから、もう、気づかないフリはしない。
「まだまだひねくれている私には、恋だの愛だの青春を謳歌してないので」
言葉の端々に出る、あたたかくて穏やかな音。
「ん?」
「なに、気づいてないと思ってる?」
「なにが」
しかし、目の前の慎二は気づいていないらしい。
私は、思いっきり大きなため息をついた。
「そんだけ、真壁、真壁言ってて、自分の気持ちに気づいてないとか、小学生レベル。ヤダヤダ。我が校の王子様の恋愛レベルが低すぎて涙が出るわー」
「は、はぁ、はあ!?」
私の言葉で一瞬にして耳まで真っ赤に染めた慎二。口をパクパクと動かして、その場で固まっている。
「はいはい。そう言う気持ちの整理は自分で一人でお願いしますね。王子様」
そこまで言わないと気づかない鈍い慎二に呆れながら、私は放置することにした。向かうは台所。思い出した食欲という欲望のまま、軽くなった足取りで向かえば、しょんぼりとした母。
いろいろ溜めまくっていたものを吐き出した私は、母に向かって、いつもように口を開く。
「お母さん。お腹すいたー」
気づけば16年、17年目。
ずっとやっていた理想像を簡単にやめれるワケじゃない。と言うか、染み付いてしまっているワケで。たしかに、もはや、コレは私なんだと認めるしかないって言うものだ。
「と、言うわけで、慎二と真壁さんは付き合っていないようです」
慎二の動向を気にしていた女子たちには、あるがままを伝えた。
もちろん、王子キャラが崩れないように配慮をした私は、あぁ、なんて、出来る幼馴染みなんだろうか。
「そっかー」
「でも、最近の王子も楽しそうだよね!」
「うんうん。それもそれで可愛くない!?」
そして彼女たちの反応も予想外で、ほんのすこし身構えていた私は驚いた。
恋は盲目とは言うけれど、コレはなんて言う現象なのか。
もしかしたら、恋愛ゲームの一種のような、観察対象となっていたのかもしれない。
思っていたような妬みなどはなく、むしろ、小学生レベルの恋愛アプローチをしている王子こと、慎二を温かく見守ろうという方向になっていた。
短い人生で、なに言ってんだ。って笑われそうだけど、思っていたより、世の中捨てたもんじゃないかもしれない。
「葵って、本当に王子のこと好きじゃなかったんだね」
真壁さんをお昼に誘うため、自販機の前にロボットのように突っ立っている慎二をベランダから見守る香苗はしみじみ言った。
私がそんな慎二に興味を持たずに、早々にお弁当を広げて食べる準備をしはじめたからだろう。
「えー? 慎二に恋するとかないない。絶対ないよ」
「やっぱり少女漫画みたいな恋は、現実では起きないってことかー」
「そーいうこと」
陽の差し込んだ部屋で開きかけた物語は、こっそり本棚にしまった。
今後、その物語を開くことはない。後悔はない。
だけど。
あー。やっぱり。
恋だの、愛だの、青春だの、ぜんぶ、ぜんぶ、クソくらえだ。
心の中で毒づくぐらい、いいでしょう?
END
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