忘れられないことば、忘れない人。
5月18日は、ことばの日。
ことばの日は、ことばを大切にする日。
3年前から大事にしてきたこの日を迎えるにあたって、今年は16年間ずっと忘れなかったことばと、それを贈ってくれた大切な人について、書くことにした。
16年分の気持ちで、つい長くなってしまったので、ゆったりと読んでもらえたら嬉しいです。
「出逢いと信頼を大切に」
15歳。"居場所がない"と感じていた私は、とにかく自信がなかった。当時から、いわゆる社会で一般的と言われるルールが苦手で、このまま社会に出て上手く働けるとはどうしても思えなかった。
生きていくためには、お金を稼ぐ必要があることは分かっていたし、そうして自分が生かされていることも分かっていたつもりだったけれど、自分はお金のためだけに頑張り続けられないような気がしていたのだ。
学校以外の活動に参加してみようと飛び出した先で出会った一人のおじいちゃんにもらったことば。
「出逢いと信頼を大切に生きていけば、大丈夫。」
彼から教わった、出会った人をまず自分から信じるという姿勢は、大げさではなく、私の人生を変えていった。
***
「モチベーション」という言葉も知らなかったあの頃、私は私のことが分からずに悩んでいた。何をやっても、どこにいても、しっくりこない。モヤモヤした中学3年生。
分からない、言葉にできないから、人に相談もできない。一人で考えても答えが出ない。悪循環を繰り返していた。
唯一と言っていいほどの好きなことは、文章を書くことだった。毎年夏休みにせっせと書いていた読書感想文。中学3年生の秋に表彰をしてもらって、授賞式の基調講演で出会ったのが、「聞き書き」という文芸手法でベストセラー作家になった塩野米松さんだった。
中学3年生の私は、作家の人の話が聞けるとワクワクしながら会場へ行った。
塩野先生は、開口一番に「僕はベストセラー作家だけど、ハリーポッターみたいな小説を書いているわけじゃない。みんなが思っているより、ずっと地味です。」と言い、にやっと笑った。
そこから私は、「聞き書き」という文芸手法に虜になっていく。基調講演の中で塩野先生から語られた、竹籠のおばあちゃんの話が心に残った。
有名人でも何でもない、でも粛々と自然とともに生き、高い技術を持った竹籠を編むおばあちゃんが、塩野先生に聞き書きされたことで「自分はこんなに想いを持ってこの仕事をやってきたんだ」と言いながら涙を流したというお話。
仕事をするという、よく分からない未来の中の「ほんとうこと」のような気がした。
高校生になったら、「第6回 森の聞き書き甲子園」に参加してみよう。
森の名手・名人と呼ばれる、自然と共に生きるおじいちゃん、おばあちゃんに高校生が一人で取材に行くというプログラムで、林野庁と文部科学省が日本に古くから伝わる暮らしや仕事を残すために行っているものだった。
全国から100人の高校生が東京に集まり、4日間の研修を受ける。
インタビューを教えてくれたのは阿川佐和子さんで、出来るだけ相手のことを調べてからインタビューにのぞむこと、質問に質問を重ねることで会話が成立して関係性が築けること、だからこそ話してもらえることがあることを学んだ。
塩野先生からは、人がいかに人の話を聞いていないかということ、その人の人格を描く編集をすることが「聞き書き」の根幹にあるということを学んだ。
いざ、取材へ。事務局から取材をする名人白黒の履歴書が送られてきて、自分で電話をしてアポを取る。今西勝さんという炭焼きの名人。兵庫県川西市の黒川地区で、茶道に使う炭を50年以上作っておられる方だった。
土足で入れるようになっている応接間、今西さんはの最初の一言は「あんた、里山って知ってるか?」。普通科で、森のことなど何も知らなかった私は、初歩的なところから教えてもらった。
山の木々を放っておくと山の新陳代謝が悪くなって、生態系が崩れること。でもそれは、遠い過去の人間が、山に手を入れたから始まっていること。
今西さんの暮らす里山は、日本一の里山と呼ばれる美しい景観が広がっている。山のすべてがクヌギの木で、秋にはあたり一面が紅葉するのだ。
でもそれは、豊臣秀吉の時代に一気に茶道を広めようとして、お茶炭が大量に必要になった人間が、人間の都合で植林をしたからだった。今西さんが、炭焼きの方法や自分の技術の話よりも先に、里山の保全の話をしてくれたことに、何か意味があると思った。
今西さんは何も知らない私に、兵庫県立大の市民講座を紹介してくれて、何度か通ううちに、木のことや森のことを知っていった。
毎回、最寄り駅までは今西さんのご友人に送迎してもらい、原木椎茸をもらい、文章を仕上げるときには、新聞記者の方がFAXで添削してくださった。今西さんがたくさんの方から愛されていることを身にしみて感じた。
「すごい、こんなふうに生きたい。」
初めての感覚だった。
そうして、出来あがった聞き書き作品はこちら。
今でも読み返すと、今西さんの声で再生されるし、話をしてもらった応接間の様子を思い出すことができる。
「取材の最後に伝えたいことがある」今西さんに、ずっとそう言われていた。
お正月早々の1月2日の炭出し(土の窯から出来上がった炭を出す作業)を見学させてもらったとき。
顔が炭で真っ黒になった今西さんと、少しの時間だけお手伝いさせてもらって100度の窯の熱さにびっくりした私。約3ヶ月間の取材期間を思い出していた。
「出逢いと信頼を大切にしたら、大丈夫。」
今西さんは、私の真正面に立つと、取材の最後に言おうとしてたことや、と言った。
ずしりと、心の奥に届いた。
一度だけ、当時の自分の悩みをふわりと今西さんに話したことがあった。大学まで一貫の高校に通っているものの、将来どうしたいか分からなくて悩んでいること。今のままではダメだと思って、聞き書き甲子園に参加したこと。
全く触れてこなかった森のことを、生き生きと学ぶ私を見て、今西さんは何かを感じてくれたのかもしれない。
親が倒れたから自分のやりたかった仕事ではなかった炭焼きを始めた今西さん。
目先の利益だけではなく、ものすごく長い時間軸で仕事をし、人からの頼まれごとを聞き、私にも時間や人の縁をたくさん使ってくれた今西さん。
今思えば、彼の中では全て繋がっていたのだと思う。
「より良く生きること」
「出逢いを大切にして、信頼を築いていくこと」
私はそれを、家族や先生ではなく、他人だった今西さんからしてもらうことで、自分の中に染みこませることができた。
***
16年という月日の間、何度か今西さんと関わりがあったけれど、会うことはすくなかった。数年前に亡くなられて、結局私は大人になってから今西さんとは話ができなかった。
でも、社会人として年月を重ねるたびに「出逢いと信頼を大切に」の意味が、どんどん深くなる。
16年前に、何度も何度も書き起こしの作業を通して今西さんの声や、取材をしたときの情景をありありと思い出してきたから、私の内側に今西さんがいるような感覚があったし、ずっと守ってもらってきた気がする。
ことばの日の前夜、近くのコミュニティスペース「まちまち案内所」で、東北食べる通信の高橋博之さんの「車座座談会1269回目@0517京都丹後」に参加した。
高橋さんは、聞き書き甲子園のご縁があった方だったけれど、お会いするのは初めてで、1時間半のお話は首がもげそうなくらい頷いていた。
話を聴きながら、今西さんに出逢ってから、ずっと私は「分断」をなんとかしようとしてきたことに気づいた。
学校で習った環境問題と、現場の課題意識の分断。都市の学生たちが山村や農村を知らないこと。NPOの活動に参加していた理由は、これだった。
若者が社会と繋がっていないこと。だから、日替わり店長のまほロバに共感して、運営に入った。
新卒のキャリアを、東京で展示会というビジネスモデルを学ぶことにしたのも、外食産業における官庁と生産者、飲食業界や消費者を一堂に会する場に感動したから。
その後もさまざまな仕事に取り組んできたけれど、いつも誰かと誰かや何かと何かの重なりを考えてきた。その仕組みを作りたいと思ってきた。
同時に、人が一人ひとり違うことを大事にしたいと思ってきた。
「自然は、全部バラバラで、それぞれに存在する意義がある」という高橋さんの言葉を聞いて、だからそれを大事にしてきたんだと気づいた。それも、今西さんに出逢って、気づいたことだった。
イベントの後半、一人ずつ自己紹介をする流れになったとき、私は聞き書き甲子園の話をした。
もうすぐ、社会に出て働きはじめて10年になる。
帰り際に高橋さんから「僕も、農家さんに取材をする中で、同じようなこと思ったよ」と、さらりと言われた。不安でたまらなくても、何とかもがいていた高校生の私が、救われたなあと思った。
ああ。私は今、やっと高校時代の不安に一区切りつけることができたんだ。そう思って、胸がいっぱいになった。
***
人は、人から贈ってもらったことばで生きていくのだと思う。
誰かからもらった大事なことばを、自分との約束のようにして、判断に迷ったときや、どん底に陥ったときに、救われるのだと思う。
同じくらい、ことばからは勇気や希望をもらっている。出逢いと信頼を大切にした先にある希望を、私は見せてもらったから。ずっと大切にできてこれたのだと思った。
5月18日は、ことばの日。
ことばの日は、ことばを大切にする日。
今の私は、高校生と日々接して、ことばを交わす。
いつもその責任の重みを感じながらも、自分に嘘をつくことなく、想いをことばにしていきたい。そして、ことばにならない気持ちやことばにできない心の動きも、大事にしていたい。
今西さんへの感謝の気持ちを込めて、終わりにします。
いつかどこかで、私の仕事の話を聴いてもらえたらいいな。その日まで、またコツコツと生きていきます。
2023.5.19
ことばの日の次の日に