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不本意ながら不法入国

国慶節&APEC上海の一ヶ月間業務停止で、すっかり上海生活にも慣れはじめ、ある程度の中国語が話せるようになった2001年晩秋。ある程度はどの程度かといえば、買ったばかりのファービー程度といえば分かりやすいだろうか。なんとも目つきの悪いファービーである。

海外生活に順応し始めると同時に、実感するのが一時帰国のありがたみ。あれ買ってこれ食べてみんなに会って、そんな楽しみを吹き消すかのごとく、おかんむり部長の顔が眼に浮かぶ。一ヶ月手付かずなので怒るのも無理はない。よし、私も被害者ヅラしよう。作戦は見事に功を奏し、鬼門となる本社会議では瀕死程度で済んだ。ヒットポイントは残り2だ。

一旦ヒットポイントを回復させ
また上海任務へと飛び立つ。


わたし ビザ なかった

「你没有签证呀!」

上海虹橋空港、女性入国審査官が目を丸くして私に問い詰めるが、何を話しているのか分からず私も目を丸くする。ファービー VS ファービーである。

すぐに数名の警察官が駆けつけ、それに気付いた周りの人たちもザワつきだし、入国審査場横の別室へと誘導される。何か悪いことしたっけ、こう考えてしまうのが人の情、機内ではいい子にしていたはずだ。

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你 没有 签证
あなた ビザ ない

警察官がゆっくり話し、ようやく事態を理解したが、ビザは有る。有効期限6ヶ月・連続滞在可能日数90日・入国可能回数2回のダブルビザを見せつける。当時、中国渡航にはビザの取得が必要であった、そんなこと中国初心者の私でも把握している超絶初級知識だ。

你 入境 第三次
あなた 入国 三回目

痛恨の一撃をくらった。ビザ切れ。意図せずとも不法入国失敗者となった瞬間に、またおかんむりの部長が目に浮かぶ、いつか部長のとさかがもげ落ちるのではないだろうか。

今から別の便で日本に引き返すか
明日の便で日本に引き返すかどちらか選択しなさい

その日の便はすでに終了しているので、
明日の便で引き返すことを告げた。
まさかこの歳でマッポの世話になるとは。


警察官とホテル住まい

空港で手荷物を引き上げ、連れて来られたのは虹橋空港近くのホテル。どうやら今夜はここで一泊し、明日朝の便で帰国となるようだ。私の宿泊する向かいの部屋では警察官が宿泊、部屋のドアは常に解放され、私が外出しないかしっかり状況を把握している。むしろ堂々と見てもらえることで故意性が無いことを主張できるので、こちらとしてもありがたい。

一度だけ面会の許可が出たので、現地法人の副総経理に状況を伝えると、すぐにホテルへ駆けつけてくれた。通訳として警察官に事情説明を行うと、ようやく意思疎通ができたことで、お互い笑顔で話せるようになった。

「もう大丈夫、じゃあ、タバコは?」
 え?
「免税店で頼んだタバコ」
 ああ、これ。
「ありがとう、いやーほんと心配だった、安心した」

この副総経理は私とタバコ、どちらの心配をしていたのだろうか。

すっかり疲れ果て寝静まる頃、ルームサービスの電話に起こされる。電話の向こうは若い女性、優しくおっとりした口調の若い女性で、おそらく私好みの若い女性だ。

「アー……、アンモー、マッサージ」

警察官監視の中、まさかのエロティカルマッサージ斡旋である。不法入国失敗エロティカル現行犯逮捕、もはや必殺技名のようだが、即お断りした。もうどいつもこいつもである。


マッポとの友情と別れ

翌朝、警察官と共にビュッフェで朝食、中国で初めてのホテルビュッフェが警察官同伴とは良くも悪くも忘れられない一生の思い出ではあるが、味はあまり憶えていない。

指定された帰国便を告げられ空港へ向かってみると、チェックインカウンターも出国審査場も長蛇の列。でもそこは不法入国失敗者、警察官に先導され最優先で手続きを行ってもらう。背徳感と優越感で胸がいっぱい。今思えば帰国便、宿泊費も警察側負担だったように思える。

最後はお世話になった警察官にお礼を伝え握手を交わし、大阪へと戻る便で一泊の上海滞在を終える。いろいろ各方面にご迷惑をおかけしつつも、良い教訓と不本意ながら貴重な経験を得ることができ、どこか爽やかな気持ちで本社へと戻った。

……翌日
部長、恥ずかしながら帰国してまいりました。
「は?」

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