Ticktokの「どゆこと?」2極化する非言語層と有言語層
Ticktokの動画コメントに「どゆこと?」というコメントがされることがある。
動画の構成は、「んー?」で引き付けて、「そういうことかー」がオチになっている。
その動画に対して「どゆこと?」とコメントをする、動画の意図を理解していない層が一定数いる。
コンテンツを楽しんでいる中で、「どゆこと?」と、説明を求められてしまうと、正直言って冷めてしまう。
しかし、世の中には優しい人が居るもので、「どゆこと?」に対して、丁寧に説明してくれている親切なユーザーもいる。
にも関わらず、理解せずに「どゆこと?(2回目)」を繰り返す。
こうなってしまうと、嫌がらせなのではないかとさえ思う。
「説明不要領域」のばらつき
「漫画の読み方」を外国人が分からない様に、「松本人志のお笑い」を分からない日本人がいるように、そのTicktok動画を楽しむためのリテラシーを持っている人間と持っていない人間が居るということ。
大衆向けコンテンツは「ここまでも説明しなくても分かるはず」という大前提を元に作られている。
その「説明不要領域」について、「世代」「教育」「生活環境」などによってバラつきが出ているのかもしれない。
コメントを絵文字3つ
Ticktok動画に増えている3つの絵文字だけのコメント。
最初は荒らしかと思っていたが、動画投稿者がコメントを促すために「絵文字だけでも打っていってね」と推奨していたりする。
「言葉を考えずにコメントができる」「感情をとりあえず伝えられる」という新しい文化っぽい。
「絵文字3つ」を動画のコメント欄に残すことで、文章を考えずにコメント欄に参加することができる。
これは、純粋に新しい文化として面白いものだとは思う。
しかし・・・こんなことを考えてしまった。
今後の未来の仮説。文字を使える層と、絵文字しか打てない層
堀江貴文氏が、X(旧Twitter)のユーザーの中には、文章を読めない人間が一定数いるのだとコメントしている。
それが事実だとして、言語保有層、非言語保有層の2極化が進むと、最終的に、Ticktok動画のコメント5文字程度さえ打てない、絵文字しか打てない者とそうでない者に分かれてしまうのではないかとSFチックに妄想してしまった。
ただの妄想どまりであってほしい。
ありがとうございました。