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祖母からの言葉

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  このNoteは
  今を大切にする生き方に魅了され
  国を転々とする大学生が
  成長する過程の実録です

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『なんで、危険があるのに行くの』『あなたじゃなくてもいいのに』
今日、私をアフリカへ送り出す最後の日、祖母から言われた言葉。

アフリカは危険だから行かないほうがいい、世間一般の解釈はそうかもしれない。たしかに、マラリア、デング熱、黄熱球菌、等の蚊によって命を落とす危険性は増すかもしれない。慣れない土地で体調を崩したり、お腹を壊したり。住み慣れたこの日本に居れば、そういったリスクが低い生活ができるかもしれない。

でも私は、危険を冒しても行く。でも、なんでだろう。あまり自分の行動に危険が伴っている、という感覚を持っていなかった。

行ってみなきゃわからない

日本、といういわゆる安定した国、を離れて外国に足を踏み入れる事は、ある人は危険であると認識するかもしれない。でも、なぜ危険だ、と判断しているかと言えば、日本で生活する中で受け取った情報が判断基準となっているからではないだろうか。

それって、誰かが切り抜いて持ってきた情報の、またさらに破片でしかないと思う。日本だって、円高円安の部分だけを切り取ったら、ここ数年で大変不安定な国だと認識せざるを得ない。

だから、自分で行って確かめたい。赤土の道ばかりかもしれない。物乞いをされるかもしれない。屋台でお腹を壊すかもしれない。でも人は優しいかもしれない。誰よりもワクワクした目で生きているかもしれない。行ってみなきゃ分からないことだらけなんだもん。

目的は、、

そこで考えた。私は、何のために行くのだろう。何のために、海外を転々として、世界を動いているのだろう。

フィジー、カンボジア、ウガンダ、途上国と言われる国を転々としているから、やっぱり国際協力的なところが最終目的なんだと思う。けど、別にボランティアをするでもなく、好きな場所に行って、目の前のことに注力して、期間が終了したら次の国に行く。

本当に私の目的は国際協力なの?そう自分に問うた時、真の目的は自分の幸せ、その手段が途上国となんらかの関わりを持つこと、なんだろうという答えがでてきた。

私は、フィジーやカンボジアで出会う、彼らの生き生きとした姿が本当に大好きで、彼らから幸せのパワーをもらって生きている。私はそのパワーがなかったら、今をこんなに幸せに生きていない。

それに将来も、今まで歩いてきた土地や国の中で生きたいと思っている。だから今は、将来生きる国や土地を増やす、探す、なんてことも視野に入れながら国を決めている。ほら、フィジーはオセアニア、カンボジアは東南アジア、ウガンダは東アフリカ。いろんな国にピンを刺しておくことが、今の時間の使い方だと思っていたりする。

でも結局は、国際協力がしたいです、なんて綺麗ごとで、本当は自分の幸せと、自分の将来のため、なのかもしれない。そんな葛藤が今、自分の周りにいる。

自分のこの経験が、ある方向から言えば、自分のキャリアの踏み台、であるかもしれない。けどそれと同時に、私は彼らの何かしらの踏み台になれたら嬉しい。お互いがお互いに影響を与え合って、恩が巡っていく世界が、私の好きな世界なんだと思う。

最後に

ちなみに、この「恩が巡る」って考え方は、私がいたフィジーの文化に深く関係している。もしよければ、この記事の「フィジーへの愛」を読んでみてください。

私が住んでいたもう一つの国、カンボジアについてはこちらの記事にあります。

今回は、祖母に言われた言葉が、自分を見つめなおす機会をくれたので、備忘録的に殴り書きですが文章を書きました。

ウガンダ渡航から帰ってきた自分が、これを読んで何を思うか、楽しみです。

では、いってきます。🇺🇬

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