創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」48話 火星にて、素晴らしき出来事
47話のあらすじ
アフガニスタンで火星滞在の経験を子どもたちや大人たちに伝え終わったジョニーと絵美。
ふたりは、大天使ガブリエル、アフガニスタンの母と呼ばれる詩人ナーゾ・アナー、運転手のガブリに見送られ、別れを告げて次の地へとメタルクラッド飛行船に乗り込んだ。
そして一方、火星ではジョニーと絵美の上司にあたる自然創生共同コロニーのチーフ、スチュアートが彼とその妻と人類にとって大きな出来事を待っていた……。
48話
場所: 火星、自然創生共同コロニー
記録者: スチュアート マイジェンダー: 男性
出身地: ウェールズ 趣味: 庭づくり イヌの散歩
「いいかい、これは実にくだらなく、つまらないかもしれないことを聞いてもらうんだが……」
私は、万能通信アイテムのコミュニ・クリスタルを通して、現れたホログラフのAI、白兎の姿をした雪丸に話しかけた。
本来ならば火星の調査を行うフロンティア・ロボに搭載されているAIなのだが、今日は調整を行い、自然創生共同コロニーのチーフルームに来てもらった。
今までAIと話したことのない私にとって、すこしでも顔見知り、と思えるデータを持ったAIを望んだのだ。
メンバーの絵美がフロンティア・ロボのなかでいつも使っていたという記憶を頼りに。
……ふだんはコミュニ・クリスタルの対話通信機能を音声のチャットに絞って仕事をしている、いささか古い感覚を持った私だ。
自然創生共同コロニーのチーフという立場であるものの、実はホログラフへのコンタクトは初めての体験となる。
共同コロニーに滞在していたり、個人コロニーから来てくれたりする実際のメンバーたちとのやりとりが主な役割だったからだ。
……ホログラフを通しての地球や、火星の点在する個人コロニーのメンバーへのコンタクトは、私の妻がサブチーフとしてこれまではいつも行ってきてくれたのだ。
火星滞在経験チームとして、3年前に地球へと帰還したメンバーのジョニーならば、AIホログラフに相談など! ……とここに来て戸惑う私の気持ちを分かってくれるに違いない。
それほどに今の私は、仕事の先に生じた……妻との、この実にプライベートな内容を相談できる相手が欲しかったのだ。
白兎のホログラフに話しかけるなど、不思議の国や鏡の国へ行ける少女アリスならばふさわしいかもしれないのだが。
そろそろ50才を迎えるこの私がおとぎ話から出てきたような白兎と話をしているところは、ウェールズ生まれとはいえ英国紳士の端くれとして、正直に言うと誰にも見せたくはない姿だ。
ジョニーとともに地球へ帰還した、メンバーの絵美ならばいつも雪丸とコンタクトを取っていたのだから、この姿を見たところでほがらかに許してくれる気はする。もしかするとジョニーも。
……周りにこの姿をバカにされるかもしれないと思ってしまう私は、AIのコンタクトが日常となっている23世紀の現代において、実に臆病極まりないだけなのかもしれない。
『……スチュアートチーフ。オクサマノ、マーサブチーフノゴシュッサンハ、クダラナクモ、ツマラナクモ、アリマセン』
雪丸はすこし怒ったような声で応じた。
『ユキスギタ、ゴケンソンハ、コノサキニトラブルノモトニモナリマス。コノゴシュッサンハ、コノカセイノチデ、ハジメテノ、イギョウタッセイ、トナルコトデショウ?』
「……そうか。私と妻の新しい命は、火星に誕生する。それは確かに今回が人類で初めてとなるのだったね。すっかりと忘れてしまっていたよ」
AIに、たしなめられてしまった。だが悪い気はしない。
チーフルームの奥から聞こえる出産時の痛みに耐える私の妻の叫び。
その叫びを聞いて、柄にもなくホログラフのAIとコンタクトをとろうとするほど動揺していた気持ちが我に返った。
「ほらっ、もうすこしですよ! しっかり、頑張って!」
ルームの奥から、助産師のエインガナが声をかけているのが聞こえる。これほど苦しそうな声を聞いているだけで、何も出来ない自分が歯がゆい。
「スチュアートチーフ! 来てください」
「あ、ああ了解したよ、エインガナ……しかし男性の私が入ってもいいことなのかい?」
「何を200年以上も古臭いようなことを言っているんです。ここへ来て、マーサブチーフの手をしっかりと握ってください」
『イッテクダサイ、スチュアートチーフ!』
雪丸にも促されて、私は恐る恐る出産中の部屋へと入った。そのあいだにも、私の愛する妻、媽大姉の唸り声が続いている。
「媽、無事に産まれるよ、大丈夫だ、何も問題はない!」
私は妻の手を両手でしっかりと包み込んだ。
助産師のエインガナはいるものの、火星の地では初めての出産だ。何らかの深刻な出来事が発生すれば、命に関わるかもしれない。
無事の分娩を願うしかないが、そんな弱気をそのままに言っても、いつもの私の妻ならこう笑い飛ばすだろう。
「スチュアート、大丈夫、問題ないアルね!」
弱気になるよりも、まったくありがたいことだ。だから、私も今はいつもの妻の真似をしてみた。
私の応援が聞こえたのか。妻の私の手を握る力が、強くなった。
「私の美人さん」と妻に声をかける。
マイハニーなどとは、恥ずかしくてとても言えないのだが、これくらいの応援ならば。
……そして。
「んぎゃあ……!」
火星の地における、初めての人類がひとり、産まれた。
「スチュアートチーフ。もうひとり、来ますからね!」
……そうだった。この出産は……。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」とふたりめの、声がする。
「元気な女の子がふたり! 無事ですよ、おめでとうございます!」
エインガナが出産を見届けて微笑む。
私と妻の子どもたち!
双子のベイビーが、23世紀の火星、自然創生共同コロニーに初めて誕生したのだ。
へその緖を外したあとに、エインガナが素早くベイビーたちの体を洗い、おくるみを巻いて落ち着かせる。
私は荒い息を大きく吐く妻の手を握ったまま、微笑みかけた。
「子どもたちは無事だ、無事だよ媽! ふたりとも元気だよ」
声が届いたのか、妻は安らいだ顔をして、次第に息が整っていった。
エインガナのおかげで一旦は落ち着いた元気なベイビーたちの泣き声がふたたび響く。一気にチーフルームは賑やかになった。
もうすぐ地球のメンバー、メタルクラッド飛行船で各地を旅するジョニーと絵美とのコンタクトの時間だ。雪丸にたしなめられたとおり、全くもって、くだらなくもつまらなくもない、この素晴らしい出来事を告げるとしよう!
(続く)
※ 今回登場した女性たち、媽大姉とエインガナのネーミングは、中国の海の女神媽祖さま、オーストラリアのアボリジニに伝わる始祖の虹の蛇、エインガナさまから頂いております。
助産師エインガナとしての容貌の描写は本文では省略しましたが、腕に七色の蛇の入れ墨を施した女性という設定をしています。
スチュアートチーフが妻の媽サブチーフ(けれど、おそらく媽大姉のほうが強気の夫婦と思われます!)に呼びかけた「美人さん」は、中国語で女性に綺麗だね、と告げる言葉になります。
スチュアート氏の出身地ウェールズはイギリスの正式名「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の4つのカントリー、国のひとつで、公用語は英語であるものの、まったく異なる母国語「ウェールズ語」も持つ独立精神の強い地域です。
スポーツで勝利をしたとき、イギリスのユニオンジャックではなくウェールズ国旗を掲げる選手も少なくありません。
豊かな自然を残した牧畜などを観光地にすることも成功、都会のロンドンとはまた違う魅力に溢れています。
2020年に日本の長野の地で亡くなられてしまったC・W・ニコルさんはウェールズ系の方で、広く自然保護へと向かった彼のパッション、情熱の始まりにはウェールズがあったのかもしれません。
ロンドンっ子のジョニーとウェールズ生まれのスチュアート氏は、同じイギリス出身と言ってもすこし違いがあるのでした(*^^*)
次回予告
ジョニーと絵美は次の地へ向かうメタルクラッド飛行船のなかで、火星滞在経験メンバーのチーフ、スチュアートとのコンタクトを取る……。
5月中旬の投稿を予定しております。
どうぞ、お楽しみに~。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?