創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」5話 200年後は孤独じゃなかった
4話のあらすじ
火星の共用コロニーで、万物の意識や、古来の神々や亡くなった親しいひとびとと意思の疎通が可能な「コミュニ・クリスタル」を使い、急に亡くなってしまった姉ローズと語らいながら、デートをするジョニーと彼のガールフレンドの絵美。ジョニーは絵美に、自らがデザイナーベイビーであることを明かす。絵美はそれを聞いても態度は変わらずジョニーを「大切なひと」と告げた。ここからは、絵美の記録。
5話
日時: 2222年2月10日 フルートの日(火星自然創生コロニーにて)
記録者: 絵美(エミ) マイジェンダー: やや女性 16才
出身地: 日本 趣味: ネコとたわむれること
ふわぁ! 楽しいデートは、あっと言う間。共用コロニーの農場兼生き物たちが暮らす植物園のようなパークエリアをジョニーと歩いて、ジョニーのお姉さん、ローズさんが急に亡くなってしまったという話を聞いて。
永遠の高次元におられるという、大(おお)いなる神さまの決めた、三次元世界のあたしたちに準備が出来ていないとダメ、という掟を破ってジョニーの「コミュニ・クリスタル」にローズさんが向こう側からアクセスしてきて……。
むしろそっちの方がインパクトが強くて、商店街兼居住区域のパサージュエリアのレストランに入ってから聞いたジョニーの秘密、デザイナーベイビーだということがかすんでしまいそう。遺伝子操作がどうしたっていうの? 今のジョニーがあたしは好きなんだから、どうでもいいことだもの。
昨日のデートの余韻に浸りながら、あたしは仮想現実の世界を楽しむドリームゲームのヘッドギアを久しぶりに使って、フルートの演奏を聞いていた。今日は2月10日、フルートの日。みんなにフルートの良さを広めたくて決められた記念日なんだって。フルートの優しい音色って、なんだか心がゆっくりと落ち着くから大好き。
仮想現実で、五感をすべて再現できるドリームゲームは、フルートの演奏者が舞台に立っている姿まで感じることが出来るんだけど……。あたしはアナログ派で、音楽を聞くときには耳だけで聴きたいから、映像の無い設定にして、音に集中して楽しむんだ。
「にゃん!」
ベッドで寝そべってフルート演奏を聞いていたあたしの横で、飼いネコのタマがふと何かに気づいた。……ああ。あたしのヘアアクセとして髪留めにしている「コミュニ・クリスタル」にジョニーからの連絡だ。頭部に近ければ、この万能通信機である「コミュニ・クリスタル」はフィーリングで誰からの連絡かが分かるんだよね。
「ジョニー?」
あたしは、ドリームゲームをやめてヘッドギアを外した。
「絵美……!」
寝室の空中に、シルクハットをかぶり、ジャケットを着た小さなネズミのホログラフ(立体映像)……ジョニーの設定した当人の姿が浮かぶ。今日、彼と話す約束はしていなかった。急の用事だ。切羽詰まった雰囲気。何だろう……?
「ローズ姉さんから、うちの両親に病気が移ったんだ」
「えっ」
「隔離中に判明して……今、かなり苦しい状態にあるって。僕を支援してくれた団体のひとから『コミュニ・クリスタル』に連絡があったんだ」
「ジョニーの親御さんたちが……」
「どうしよう、絵美。僕はさんざんけなされたことしか覚えていない、あのバカ親たちを絶対に許せないと思っていた。だけど、今本当に危ない状態だというのを知って……このままバカ親たちまで病気で死んだら、僕の気持ちは彼らを許せないままになる。たとえ『コミュニ・クリスタル』があったって、彼らと連絡をしようとも思わなくなるだろう。それを思い知ったら、生きているうちになんとかしたい、だから治ってほしいって気持ちが強くなってきた。……バカなのは、僕もだったんだ」
ジョニーが泣いている。
「待ってよ、ジョニー! まだ亡くなったわけじゃないんだから」
「どうしよう絵美。地球の故郷から遠すぎる星にいる僕に、一体何が出来る?」
「できるよ!」
あたしは断言した。
「えっ……?」
「ガーディアン・フィーリングの技術は、神さまがたとだってお話できるんだよ? あたし、ジョニーのお父さんとお母さんが治るように神さまがたにお願いする! あたしの故郷の日本にはね、千年以上も昔から、スサノオノミコトさまっていう病気を払ってくれる神さまもいらっしゃるし、400年くらい前の日本の海に現れて、200年前に知名度が一気に上がった、そのお姿の絵を描けば病気から守ってくれるっていう妖怪のアマビエさまだっているんだよ! とりあえず、アマビエさまの画像を送るから、それを見たら治るってお父さんとお母さんに伝えて!」
「わ、わかった」
あたしはアマビエさまの絵を「コミュニ・クリスタル」を通してジョニーに送った。一旦ジョニーのネズミの姿が消え、しばらくして再び現れた。
「僕の世話をしてくれている団体のひとを通して、伝えてもらったよ。それから、どうするんだい?」
「今から、スサノオノミコトさまとアマビエさまをお呼びするから、ホログラフを共有してね」
「うん」
あたしは「コミュニ・クリスタル」に意識を集中した。寝室の空間に、ふたつの姿が現れる。スサノオノミコトさまと、アマビエさまだ。
「スサノオノミコトさま、アマビエさま、ジョニーのお父さんとお母さんを助けてください! お願いします」
あたしは願いを口にした。
『可愛い氏子(うじこ)の頼みとあっては、断れねえな?』
頭の中に直接響いてくる声。スサノオノミコトさまだ。
『よしよし、誰かを助けたいという真摯な願いは尊いものぞ? その願い、聞き届けた!』
これはアマビエさま。
おふたりとも、そう言葉を残して、ふっとホログラフが消えた。
「……ほんとに、見えない存在とコミュニケーションが取れるんだ」
ジョニーが目の前の出来事に呆然としている。
「永遠の高次元に在る、根源と呼ばれたり、始まりにあってあらゆるものを見守っているひとつの大いなる神さまは、高次元すぎてエネルギーそのものに近い存在になるからこっちからは直接見ることができないし話せないけど……小さな神さまがた、つまり三次元のこちら側に近いアストラル・サイドに意識体を持てる神霊なら、出来るんだよ、ジョニー」
「小さな神さまがた……?」
「ああ、ごめんねジョニー! 日本では、お米ひとつぶにも神さまが宿るっていう感覚なの。ご先祖も神さまだし、土地を守る石や木や、山や川の神さまがたもおられるし、神さまがたがいっぱいいらっしゃるってこと。……ジョニーの故郷だと、イエス・キリストやマリアさまや、聖人の方々。今回の病気に対するご加護を願うなら、癒しの天使ラファエルさまを頼ったらいいんだよ」
「そんな……願うだけで病気の治癒が叶うのか?」
「思い、心の力はどんな場所も超えるくらい強いんだよ、ジョニー。身勝手なお父さんとお母さんを、死んでほしいというくらいに嫌いなのは仕方がないよ。それだけのことをされてきたんだもの。でも、そう思い続けるのはよそう? 嫌いでも……この世界に生を与えてくれたことだけは、まずは感謝したらいいんだよ。ジョニーが生まれて火星に来てくれたから、あたしはジョニーに会えたんだもの」
「……そうか。絵美に会えたことは、僕も本当にうれしいと思っている。ちょっと難しいけど……バカ親たちの病気が治癒するように、ラファエルとコンタクトを取ってみるよ」
「うん」
そして、ジョニーのホログラフは消えた。初めての、高次元に在る見えない世界の方々とのコンタクトに向かうジョニーに、あたしはありったけの応援の気持ちを込めた。
(続く)
※ 京都の八坂神社などに奉斎されるスサノオノミコト(素戔嗚尊)さまは、疫病退散の神さまとしてもご利益があるそうです。八坂神社は古くは祇園社とも称されていて、疫病の神や恨みを持った亡霊の祟りをなだめ慰撫する祭りとして始まったものが有名な夏の「祇園祭」という名称の由来のひとつです。絵美はスサノオノミコトさまが祀られた小さな神社の氏子という設定です。
スサノオノミコトさまのヤマタノオロチ退治の伝説の詳細はこちら
(Myマガジン「~神話・民話の世界からコンニチハ~」より)
※ 昨今の日本を席巻した「姿絵を見れば疫病退散の御利益がある」とされるアマビエさまは、伝統工芸品から和菓子、イラストなどで一躍妖怪から神さまレベルのスターに。
これを見たひとは、疫病退散! 喝!!
次回予告
ジョニーは「コミュニ・クリスタル」を使って、見えない世界の存在である癒しの大天使ラファエルにコンタクトを取る。
どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーから川中紀行/コピーライターさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。