創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」20話 恋人たちはノマド .ac(アセンション島1)
19話までのあらすじ
火星から地球に帰還したジョニーを、両親であるザックとナターシャ、そして支援団体職員のマッシモが温かく迎えた。火星の生活を始める前に、お互い死ねばいいのに、と思うほど確執のあった親子関係は、霧散していた。そしてついに、ジョニーとその恋人の絵美は、地球で火星滞在の経験を広めながら、もうひとつ、コミュニ・クリスタルで出来るとある仕事を兼ねて、飼いネコのキャシーとタマも一緒に、世界の各地への旅を始めたのだった。ここからは、ジョニーの記録。
20話
場所: 地球、アセンション島(ドメイン .ac)
記録者: ジョニー マイジェンダー: やや男性 18才
出身地: ブリテン 趣味: ネコとたわむれること
フー! 空に浮かぶ飛行船の中、僕の部屋の丸い窓の向こうに、どこまでも続く美しい海が広がっている。そのなかにぽつんと小さな緑の島が見えてきたので僕は歓声をあげた。
「ニャー」
「なーご」
僕の飼いネコのキャシーと、絵美の飼いネコのタマが相づちを打ってくれる。
「えっ、もうすぐ着くの、ジョニー?」
僕の部屋に来ていた絵美が、窓を一緒に覗き込んだ。個室にある小さな窓だから、そうするとお互いが至近距離になってしまう。……いや、うれしいけど。
火星で僕らが恋人になったあと、地球への帰路でコールドスリープという肉体の冬眠期間があったから、付き合って3年とはいえ、本当に一緒に行動を始めたのは最近のこと。まだ出来立てほやほやの恋人だから、こうしてくっつくとまだちょっとドキドキする。……ほんとは、かなりうれしいけど。
かつての石油を使って動いていた飛行機やヘリコプターなどに代わり、23世紀の空を飛ぶ、メタルクラッド(全金属)飛行船。それは、空気よりも軽い水素ガスを、とても軽いミスリルという合金のエンベロープ(ガスを入れる巨大な袋)の中に充填して航行する。
速度は飛行機ほど出ないけれど、考え尽くされた設計と新技術の駆使によって、かつての飛行船の技術で難題だった悪天候への耐性、そして水素ガスの安定力を持つ。雷や嵐のときだって余裕で、雨風が当たっても部屋はすこし揺れるくらい。もちろん、タイフーンに突っ込む、などということはさすがに難しいけれど。
個別の部屋と共用シャワールーム&トイレ、キッチン、仕事で飛行船をすこし離れてもキャシーとタマを残しておけるキャットルームまであって、自動エサやり機やキャットタワー、ネコトイレも完備だ。
このメタルクラッド飛行船、基本は自動操縦だけど、緊急時には手動で飛行船を動かす操舵室もある。僕らは客員として乗っているので、いざという時に頼りになるのは船長のネルソンさんだ。
この専用飛行船を使って、僕らは地球で仕事の旅を始めた。
僕らに与えられた主な仕事はふたつ。ひとつは火星での体験を、ホログラフでは無く実際にひとびとに会って紹介すること。そしてもうひとつは、コミュニ・クリスタルで地球古来の神さまがたと協力して、絵美の故郷、日本ではよく知られているという土地神さま、という存在を、地球のドメイン名ごとに、順に各地を巡って新たに小さな神さまとして誕生してもらう仕事だ。
インターネットのなかで、実際の国や地域の住所を表すトップレベルドメイン。日本なら「.jp」と付く、ふたつのアルファベットで表す略称などのあれだ。
21世紀半ば以降の地球は、脱炭素社会への人類の挑戦が実り、石油を大量に使う生活をしなくなったために、資源奪取を目的としていた紛争や戦争が少なくなって、国が滅ぼされて減ったりすることはほとんど無くなった。国内や地域内で部族や民族、宗教や慣習の違いによって険悪になり、ごくたまに争いになることもあるけど、その近くの国や関わりの深い国、地域がなだめたり停戦合意を促(うなが)したりして、すぐに落ち着く。だから、トップレベルドメインの数としては23世紀の今もほとんど変わりはない。
トップレベルドメインとして割り振られた国と地域は、アフリカ州が61、南北アメリカ大陸をまとめたアメリカ州が57、アジア州が51、ヨーロッパ州が、取りまとめられたユーロのドメインと各国・地域を合わせて52、オセアニア州が29、そして南極の1ドメイン。
200以上もの場所に、ドメインとつながった新しい土地神さまを迎えるこの仕事は、本当にやりがいがありそうだ。
この宇宙や地球、命や僕ら人間を見守る大いなるひとつの神さま、という三次元世界では目に見えない意識の彼方にある存在と、コミュニ・クリスタルによって現実世界でも姿を現すことが出来るようになった、地域によって多種多様な、精霊やご先祖さまや、死した家族や友人や、古来から僕らを見守るおなじみの神さまがたである神霊の方々、シリウスやアルデバラン、アークトゥルスなどの宇宙意識たち。
そこに国や地域のシンボルとして、トップレベルドメインごとの新たな土地神さまを迎えようというのが、今回専用のメタルクラッド飛行船を使ってやっていく、僕らのこの旅の仕事だ。
かつて不毛の島であり、長年の植林活動と保護海洋域として生物の繁殖を促すことによって豊かな自然が蘇ったイギリス領アセンション島。「.ac」として、ドメインのアルファベット順でスタート地点となるこの島は、アフリカ大陸の、西アフリカの海岸から南西にかなり行ったところに位置する。小さな火山が作ったこの島は、どんな土地神さまが誕生するのだろう?
そんなことを考えていると、僕の腕時計型のコミュニ・クリスタルにアクセスがあった。主に西アフリカで信仰されてきた海の神さま、アグエさまの名前がある。絵美のポニーテールを留めたヘアアクセのコミュニ・クリスタルも反応していた。
『楽しみだな、我が子らよ』
頭の中に、声が聞こえる。飛行船の部屋の中に、ふわりと真っ黒な肌の美丈夫が現れた。
「アグエさま……。地理的には遠い地域の出身の、あたしたちまで子どもたちと思ってくれているんですね。ありがとうございます」と絵美が一礼する。
『今は人類、いや地球の生き物も、地球そのものも皆、仲良き時代よ! うれしいこと、このうえ無い! アッハァ!』
アグエさまは真っ黒な肌に白い歯で快活に笑ってみせた。歌でも歌いだしそうな陽気さだ。本当に、感染症も収まって、メタルクラッド飛行船でのんびりと平和な世界を巡る旅が出来る今このときは、素晴らしいことだなと僕も思う。
「アセンション島さま、どんな神さまになるのでしょうね。あたしも楽しみです!」
「あ、アセンション島さま?」と僕。
なかなか、土地神さまという存在の理解はしても、いざそう言われると奇妙な感じもする。僕ら西洋の意識としては、イエス・キリスト、聖母マリア、時代ごとの聖人たちなどと、かつて生きた人間を通して示される、無音無形の意識の世界の、大いなるひとつの神さまへのつながりが強いから……。石や木や川や山、そして海を、まるごと神さまとして受け入れる、という日本を始めとした地球のあちこちに残る古来からの考え方はとても新鮮だ。
アグエさまはブードゥという、主に西アフリカのフォン族に信仰されていて、そこからアメリカ大陸に奴隷として連れてこられた黒人たちのあいだに主に広まっていった、古くからある精霊に近い神さまがたのおひとりだ。
船乗りが遭難したとき、助けてくれる存在で、人生で迷ったとき、混乱しているときにも指針を与えてくれるという。海、海風、流れ、波、深さ、船員の守護、等を司(つかさど)ってもいる。
アグエさまの加護のもと、どんな「アセンション島さま」が出てくるのやら? リアルな対面によって火星滞在の経験を語るのも大切だけれど、トップレベルドメイン「.ac」とつながる新しい土地神さまの誕生がどんなふうなのか、僕も本当に楽しみだ。
(続く)
※ トップレベルドメインの情報は、日本レジストリサービス(JPRS)さんPRESENTSによる「2020年 世界ドメイン紀行」をもとにしています。
(作者よりこそっと質問)
新しい神さまを作ってもいいよ、ということなので、ドメイン名とつながる新たな土地神さまという設定を作っちゃいましたが、創作未来神話の範囲内としてOKでしょうか……?(おそるおそる)
※ ミスリルは、トールキン御大の作品に出てくる架空の強くて軽い金属です。「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」などのゲームやファンタジー作品にもよく登場します。この「ガーディアン・フィーリング」では、23世紀に作成された、ジュラルミンを超える強さと軽さを持つ合金の名前としてお借りしました。
次回予告
いよいよトップレベルドメインのファーストドメイン「.ac」とも表される土地神さま「アセンション島さま」の誕生! 絵美の記録でお送り致します。次回21話は、12月中旬の投稿を予定。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーからなのさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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