創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」21話 恋人たちはノマド .ac(アセンション島2)
20話のあらすじ
地球の各地を巡り、トップレベルドメインに当たる土地神さまに誕生していただくため、ジョニーと絵美は23世紀の技術の結晶、メタルクラッド(全金属)飛行船に乗って旅を始めた……飼いネコのキャシーとタマとともに。そして、イギリス領アセンション島に到着。いよいよ、アフリカの海の神さま、アグエさまの加護のもと、ドメインのアルファベット順では最初となる「アセンション島」さまが生まれようとしていた。ここからは、絵美の記録。
21話
場所: 地球、アセンション島(ドメイン .ac)
記録者: 絵美(エミ) マイジェンダー: やや女性 19才
出身地: 日本 趣味: ネコとたわむれること
メタルクラッド飛行船を固定する留め具を降ろし、そこから伸びる金属製の綱を地上から釣りのリールのような機械で引っ張ってもらって船体部を地上に近づける作業が終わった。空中の船体部から、はしごを使って降り立った島の大地には、海から流れてくるすこし強い風が吹いていた。
あたしたちは、ようやくアセンション島に着いた。約600年前に噴火したあと、ひとが荒野だったこの地に住み始めてから、一度も噴火したことのない火山、国定公園になっている標高859mのグリーンマウンテンがある緑豊かな島だ。長い植林活動を経て、亜熱帯の人工ジャングルが根付いたところでもある。
大航海時代、ポルトガルのひとたちによって名付けられたこの島、アセンション島。アセンションというのは「昇天」という意味で、イエス・キリストが十字架で肉体の死を迎えたあと、復活して、そのあとに天へと昇って行ったことに由来するんだって。ポルトガルのひとたちが二回目にこの島を見つけたとき、キリスト教でちょうどその昇天日(アセンションディ)だったことからこの名前が付いたみたい。
あたしたちがメタルクラッド飛行船で降りたのは、かつてナポレオンがセントヘレナ島に幽閉されたころ、セントヘレナ島を含めた、アセンション島、トリスタンダクーニャ島といったこのあたりの地域・海域がイギリス領として定まったのちに作られた、元軍港のアセンション空港だ。元、というのは、23世紀の今は、地球上からほとんど戦争や紛争が無くなったために世界的に軍隊というものが変容したから。
軍隊から変わった組織の英語名はケアパワーズ。それぞれの国や地域を外敵からではなく、自分たちを守るための組織だ。荒事(あらごと)としては、近隣の宗教や習慣の違いなどで険悪になった地域や部族のあいだに立っての平和を目指す調停や、許可なしで地域の境や国境を超えようとする犯罪者などの対応もするけど、主な仕事は、ひとびとや生き物たちへの迅速かつ適切な支援。
三年前の地球で爆発的な感染症があったときにも行われていた、人員が足りない地域へケアパワーズが持つ看護士や医師の派遣。自然災害が起こった地域への救援・復旧活動。……震災や津波で甚大な被害を受けたところへの人的・物資的なフォローや、大規模な山火事が起きた場合に野生生物を保護し、焼け跡に在来の植物の種をまいて森林の復活を促すことなどをしている。
21世紀までのようにひとがひとを殺すことを目的とするための組織では無くなったから、あたしたち宇宙の仕事をするひとと同じくらい、ケアパワーズという組織はひとびとから尊敬のまなざしを受けている。
ケアパワーズの使用する空港に、メタルクラッド飛行船を停留させてもらって、あたしたちはアセンション島で一番高いところ、グリーンマウンテンの山頂を目指して歩き始めた。コミュニ・クリスタルを通すと、あたしたちの前に真っ黒な肌の海の神さま、アグエさまがふわふわと宙を歩いて行くのが見える。
「よいしょっと……」
「絵美、気を付けてね。まあ、落としてそうそう割れるものでもないとは思うけど」とジョニー。
あたしは、ジョニーと一緒にあるものを運んでいた。
それは、ひとつの貝がらだった。イタリアの絵画でヴィーナスの誕生に描かれていたような、波型の二枚貝で、あそこまで巨大ではないけど、この貝もそこそこ大きい。人間の赤ちゃんだったら、中にちょうどすっぽり収まるくらいだ。
『貝の海のちから、島でひとびとに育てられてきた植物たちのちから、そして火山としての地球の息吹のちからが合わさって新しき土地神が出来るでな。頂上までもうすこし、もうすこしだ!』
アグエさまがあたしとジョニーを応援してくれた。
なんとか、大きな二枚貝というちょっと重い荷物を持って山頂に到着する。今まで登ってきたとても美しい稜線の向こうに、どこまでも続く青い空と、海とが広がっていた。
『……では、始めよう!』
アグエさまが手を掲げると、空中にアフリカで見られる太鼓や小さな木琴、笛が現れた。そして、三人のひとびとが現れ、コミュニ・クリスタルを通して、彼らが扱う楽器から小刻みで軽快なビートのメロディが聞こえてくる。
「えっ、心の準備が……」と、ジョニーが慌てた。
どうしよう。ジョニーがそんなふうだと、あたしもちょっと照れてしまう!
地球の200以上あるトップレベルドメイン、このアセンション島だと「.ac」にちなむ土地神さまを新たにお呼びするためには、……神さまのもとで、あることをあたしたちがしなくちゃいけないんだ。だからあたしたち、ほやほやのカップルふたりがこのお仕事に選ばれた理由でもあって。
それは、ひとの触れあいの象徴で。今回は……えーと……つまりは、キスってことね! 地域によって違うけど、手をつないだり、ハグし合ったり、神さま……今回は海の神さま、アグエさまの前であたしたちカップルがお互いが親密ですよ、っていう心のこもったキスを示すと、新しい土地神さまが降りてきてくれる仕組みになっているんだそう。
「絵美……どうしよう」
「落ち着いてジョニー。ジョニーがそうだと、あたしも恥ずかしくなってきちゃう」
「そ、そうだよね。……じゃあ、目をつぶっていてよ」
ジョニーが照れた様子で言う。
「うん」
あたしはそっと目を閉じる。軽く、柔らかいものがあたしの唇にほんのすこしだけ、触れた。
わっ。どうしよう、これよく考えたら、あたし、ファーストキスだ!
ドキドキしながら目を開けると、すぐ近くにジョニーの顔があった。
「……うれしい、ジョニー」
「うん、僕もだよ」
あたしたちはそっと笑い合った。
『島の女神の、誕生よ!』
アグエさまが高らかに歌うように言うと、山頂に置いた波型の貝の中に淡い光の玉が現れ、それは次第に、小さな女の子の姿になっていった。
(続く)
次回予告
誕生した「アセンション島」さま……幼女の神さまに連れられて、ジョニーと絵美は島の散歩をすることに。ジョニーの記録です。次回22話は、1月中旬の投稿を予定。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーからあぴさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。