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【掌編】アロンの杖
魔法使いの弟子、マシューはそっと師匠の部屋に入った。雑多なのか、主には分かるように一応場所は決めてあるのか、かなり微妙な道具たちが床から机から積み上がり、壁の書架に並ぶ魔法の書を取り出すのも危うい。
そのなかに、ふわりと浮く意匠を凝らした一本の杖。
「……あれか」
マシューははめ込まれた宝玉の輝く杖を目にして、ワクワクとした気持ちになった。
アロンの杖。かつて旧約のモーゼも所持していたと伝わる力ある杖、と師匠から聞いていた。
どんな魔法の力があるのか、この目で確かめたくて、こっそりと師匠の部屋に入ったのだ。
マシューが恐る恐る近づくと、杖から厳粛な声が響いた。
《余の力を求めるか?》
杖がしゃべる!
そのくらいで驚いては、魔法使いの弟子は務まらない。
「力は師匠のものでいいけれど。アロンの杖よ、その力で何が起こせるかを知りたい」
弟子として、魔法を使う身としての純粋な知的要求だった。
《よかろう! 余は、エジプトの者どもにアブ・ブヨの攻撃をさせ、家畜の疫病を流行らせ、雹を降らせ、杖を毒蛇に変え、ナイル川を血の塊の流れとし、うるさい蛙の大群を出し、暗黒の夜をもたらし、おびただしい雷を落とし、奴らの長子を死なす、万能のアロンの杖よ!》
……呪い限定じゃねーか。しかも旧約の過去のエジプトを、今でも許さないのかよ!
新約の時代に生きるひとりの魔法使いとして、マシューは心底幻滅した。
うん、やっぱり赦しと愛のほうが、断然イケてるな。
いつまでも恨みを保つアロンの杖を前に、マシューはそう思った。
《ヴァイス、クロス!》
覚えた魔法を使ってみる。相手を沈黙させる効果は……。
《モゴモゴ!》
ばっちりアロンの杖にも効いた。
……後日。
「マシュー、こいつをゴミ出ししておいてくれるか、大層な口だけの、最近はそれすら言わんようになった、アロンの杖のニセモノじゃった」
封印済みの杖を、師匠がポンとマシューに渡した。
「……ニセモノですか」
「さよう、エジプトは今日も死の地にはなっておらんし。呪いとは、所詮叶わぬ罵詈雑言に、毛の生えた形式の言葉と妄想と妖しき効かぬ儀式を合わせたに過ぎん。呪われた相手が誠実であればあるほどな」
マシューは何食わぬ顔でアロンの杖をゴミに出し、師匠に自分のいたずらがバレずに済んだのを喜んでガッツポーズを作った。
おしまい(969字)
※作品補足※
アロンの杖は、旧約聖書に登場し、モーゼに絶大な力を与えたとも伝わる魔法の杖です。砂漠を水場に変えるという技もあるらしいので、呪いテンコ盛り効果よりも、そっちに活用してくださいと言いたくなるような、作品内でも引用したエジプト限定の呪い効果も。
魔法使いたちの設定は、やはりすこしハリー◯◯ターに影響されてます 笑
ヨーロッパ系の地域のどこか、クラシカルな小さな村に今もひっそり暮らしているイメージです。
ヴァイスは「白」と「声」の意味を、クロスは「十字架」と「閉じる」の意味を持たせた、響き重視の造語です。
すこしでも楽しんでいただけたなら、それに勝る喜びはありません。
ここまでお読みくださって、誠にありがとうございます。