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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」3話 200年後は孤独じゃなかった

2話のあらすじ

火星の個人用コロニーに住む絵美のボーイフレンド、ジョニーは故郷の地球で姉ローズが死亡した知らせを受けた。次に、共用コロニーで絵美と会った時に、そのことと、ついでに彼の出生の秘密を打ち明けよう、と心に決め、気鬱な時間を仮想現実のゲームで紛らせた……。そして、その日がやって来る。ここからは、ふたたび絵美の記録。


3話

日時: 2222年2月9日 肉の日(火星自然創生コロニーにて)

記録者: 絵美(エミ)  マイジェンダー: やや女性 16才

出身地: 日本  趣味: ネコとたわむれること


やったね! 今日は、共用コロニーに行ける日。ジョニーの悩みは気になるけど、一緒にいられる日が来て、あたしはとても嬉しい。防護服を身に着けて、大きな人型のロボットとしても、変形して移動用の荷物を載せる車としても使えるAI搭載のフロンティア・ロボにネコ用の防護服を着せた飼いネコのタマとともに乗り、火星の平原を行く。

コクピット内は地球環境に合わせた重力と大気の調整がされていて、防護服なしでも一応活動は出来るのだけど、万が一ということがあるから、そこはタマにちょっと不自由させるけど、何より命のためだ。ドームホームで一緒に生活を始めたころは、そうしてネコ用の防護服を着せるのに、抵抗していたタマも最近では慣れたもの。最近では一緒に共用コロニーに行くと分かれば、喜んで付いてくるようになった。

久しぶりの共用コロニーへの移動が嬉しくて、即興の歌を「るーららー」と口にしていたら。

「ゴキゲンデスネ、エミ?」

ヘアアクセとして身に着けている通信アイテム「コミュニ・クリスタル」を通してあたしのフロンティア・ロボに搭載されたAI、ホログラフ(立体映像)では白い小さなウサギ姿の雪丸(ゆきまる)が話しかけてきた。

「わかる~?」

コクピットの中で、あたしはニコニコして答えた。

「共用コロニーに行けるのもいいんだけど……。やっぱり、ボーイフレンドに直接会えるのって幸せよね!」

「にゃーん」

タマまで相づちを打ってくれる。

きっと地球のあたしと同い年くらいの子なら、こんなときは、ばっちり勝負メイクをしていくんだろうけど、残念ながらここは火星だ。ファンデとか口紅とか、地球からはるばる輸入するしかない火星での超高級品が手に入るあたしの身分でもない。基本、火星の自然創生コロニーでは、数十人が暮らす大きな共用コロニーでも、一人用のドームホームでも、女性はすっぴんがほとんど。だから化粧無しでも浮くわけじゃないけど、こういうときは、ああ、地球でデートしたい! って思っちゃうんだ。

今日は2月9日、日本ではお肉の日。過去にとても狭いところで密集させて育てていた牛さん、豚さん、鶏さんは、23世紀の現在、彼らに広がる同種の動物間の感染症対策のためもあって、地球では広い土地に彼らが食べる草木や生き物を増やした緑豊かな敷地でのびのびと放牧されていることがほとんどになっている。敷地内の牛さん、豚さん、鶏さんと、自然の生き物との病気の感染を防ぐため、敷地の境界線には微弱な電気のバリアが張られて、いつも監視ドローンが見張っている。でも森林保護の観点から、そういった敷地も昔よりはかなり少なくなり、地球の大地はジャングルや木々の多い森に戻ったところや、森林型農業という、人間にとっての有用な植物と、そこでずっと生育してきた固有種の植物を混交で育てるやり方のところが増えている。だから、放牧で育てられる数が昔よりとても少なく、お肉の単価はびっくりするくらいに高い。

あたしたち庶民の肉といえば、地球では養殖されたお魚や貝、エビ、天然ものではカニ、イカ、タコなどの沿岸漁業で取れる海の幸か、植物性たんぱく質から出来た疑似肉か、綺麗な環境で養殖したコオロギなどの昆虫だ。うん、今の時代じゃネコの食事もレベルが高くなっているから、お肉の材料的にはもう、飼いネコのタマと食べているものがほとんど変わらない。

火星でも一応、海の幸を除いた、人工的にろ過された水と調整された大気と重力の下にある生物相のなかで、育成可能な庶民の肉はある。海水……つまり、地球の命の源である塩とさまざまな物質と生き物とが混ざった複雑な作りのものは、これから開発するという共用コロニーもあるそうだけど、あたしが行くおなじみの共用コロニーではまだ淡水での生物相だけ。だからドームホームでの食事は、地球よりもさらに質素。養殖のお魚なんて、種類がちょっとしかない。そのなかにあたしの故郷、日本に多く生息するアマゴという淡水魚がいて、それをときどき食べられるのは、あたしの楽しみ。

地球で、火でじかに焼いたたくさんのお肉を使ってバーベキューというパーティをあっちこっちでやっていた時代もあったみたい。200年前の21世紀の地球は、あたしみたいなふつうの庶民でも年に一回くらいはそんな暮らしが出来て、牛さんや豚さんや鶏さんのお肉をたっぷり食べてたっていうから……昔の地球の人たちって、この火星の、23世紀のあたしたちの生活に比べたら、どんだけ豪華で素晴らしい暮らしが出来ていたんだろうね!?

だけどあたしも、こういう、お肉の日とかがあると、デートで奮発して、せめて地球から冷凍保存で送られてきた鶏さんのお肉くらい食べたい! って考えちゃう。うちの共用コロニーにも鳥さんたちはいるけど、声を聞くか、しぐさを見てリラックスするための存在だ。主なお肉は地球で取れたのしか食べられない。実験的なほかの共用コロニーでは、これから鶏さんを飼育するというところもあるらしいけど……うちは建設された年月がわりと古いから。コロニー内で育てられる鳥さんたちの数に上限があって、数が増えすぎたときは卵を間引く。そうしてレストランで出てくるゆで卵は、火星の超高級食だ。

今日を逃したら、ジョニーに会えるのはバレンタインのあとになるだろうから、前倒しのバレンタインデーのお祝いとしてあたしのおごりで共用コロニーのパサージュエリアにあるレストランに行こうかな。うーん、それだとあたし、記念日に影響され過ぎ?

「エミ、タノシンデキテクダサイネ」

白いウサギ姿の雪丸が、にっこりと笑った。

「にゃあ」

くりくりしたつぶらな瞳で、タマがあたしを見つめて優しく鳴く。

「ありがと、雪丸、タマ!」

いいよね、お肉の日だもの。たまには食事でだって、楽しまなくちゃ! デート中はタマを共用コロニーのパークエリアという、人工の川が流れ、生き物たちも住む農場兼植物園のようなところで自由にさせてあげられる。帰るときに、タマに付けた首輪の「コミュニ・クリスタル」に「帰るよタマ~」と言えば、ちゃんと伝わるので安心だ。


片道1キロの移動で、あたしが乗ったフロンティア・ロボは共用コロニーに着いた。楕円形の大きくて平べったいドーム天井が地表にあって、入り口を過ぎた最上階は共用コロニーを訪れた人のフロンティア・ロボの格納庫。ここで、防護服を脱ぐことができる。そして、格納庫の下の階から地下三層に渡って数十人のひとびとが暮らす場所がある。それぞれの層の中央はさっきもちょっと話したパークエリアと言うところで、人工の川がそこを流れていて、その水を引いて食用可能なものも含めたたくさんの植物、その繁茂を助ける鳥や虫やカエルなどの生き物たちが育てられ、川や用水路には淡水魚もいる。その楕円のパークエリアをぐるりと囲むように作られているのが商店街兼居住区のパサージュエリア。うちの共用コロニーでは、パークエリアで散歩や運動や、音楽に合わせたエクササイズも出来る。そして、共用コロニーだけで飼育が認められている、譲渡所で引き取ることが可能な小型犬をリード付きで散歩させてあげられたり、個人用コロニーで飼育可能な、こちらも譲渡所で手続きをして家族にできるネコを、今回のタマみたいに連れてきて、首輪の「コミュニ・クリスタル」付きで自由に遊ばせてあげられたりもする。商店街となっているパサージュエリアではお買い物や食事も出来る。ドームホームの庭や居住空間での生活も悪くないけれど、それ以上に共用コロニーは自由に移動できて楽しいところがいっぱい。さあ、ジョニーとさっそくどこへ行こうかなあ?

あたしとジョニーは、最上階にあるフロンティア・ロボの格納庫で落ち合い、久しぶりに手をつないで一番上の層のパークエリアに入った。彼の飼いネコ、キャシーちゃんも一緒。ここまでついてきたタマは、キャシーちゃんと鼻をちょんとくっつけて挨拶したあと、植物の茂みに素早く去っていった。キャシーちゃんも後を追う。まったく、気の利く飼いネコたちだ。

この最上層のパークエリアは亜熱帯の植生を再現していて、すこし蒸し暑く、風景はジャングルに近い。よく見ると、さまざまな木々に混じってバナナの木とかが生えてる。人工の川の水辺にベンチがあったので、あたしたちはそこに座った。

「暑いね、ジョニー」

「ああ、絵美。地球だったらまだ二月で、雪が降ってるくらいなのにな」

「一番下の層のパークエリアだったら、寒冷地を再現してるから、地球の季節に近いかもしれないけど……そっちに行く?」

「いや、ここでいいよ。タマもキャシーもあったかいエリアのほうがうれしいだろ?」

ジョニーが気遣ってくれる。

「ありがと、ジョニー」

「まったくさ……今日はふたつも重い話があるんだ。それを聞いてくれるなら、どこでもいいよ」

「……分かった」

と、あたし。ジョニーに、悲劇的に物を考えるくせがあることには、付き合いでもうだいぶ慣れていた。

「何があったの? ジョニー」

「……ローズ姉さんが地球の故郷で死んだんだ。先週絵美と話してた日に。流行りの感染症でさ」

「えっ……ジョニーのお姉さんって、確かまだ二十歳だよね」

「うん。優しくて気立てのいい姉だった。世の中、いいひとから死んでいくように出来ているのかな。最悪最低のうちの両親は、ピンピンしてるっていうのに。いっそ……いっそのこと、あいつらが死ねばよかった」

ジョニーは苦渋の表情を浮かべて、呪いの言葉を吐きだした。彼の親御さんたちは、200年以上前にあったっていう世界的な好景気を追いかけて生きているかのように、ギャンブルやら高価な嗜好品やらにお金をつぎこんでしまうタチだ、ジョニーのお兄さんとお姉さんが働いたお金にまで手を出してしまう、というのは前から聞いていた。そのくらいジョニーが親御さんを憎んだ言葉を吐いてしまうのは、仕方がないとも思う。

「うん……大変だったね、ジョニー」

あたしは、隣に座っている彼の背中をポンポンと叩いた。すると、彼は両の瞳からぼろぼろと涙をこぼした。

「神さまっていうのがさ。本当にいるなら、なんで最悪最低のあいつらが生きて、なんで兄さんや姉さんみたいな優しくていいひとたちがあいつらのせいで苦労に苦労して、あげくに先に死んでいかなくちゃならないんだ? なんでそんなふうに世界は出来ているんだ? おかしいだろ」

「うん……」

「神さまなんて、いないほうがすっきりする」

「……それはちょっと言い過ぎだよ、ジョニー」

「あの世だか、天国だとか地獄なんて存在しない、一切の虚無だってきっぱりしてくれたなら、そっちのほうが絶対に楽だ」

「でも……それだと、ジョニーに優しくしてくれたお兄さんもお姉さんも、虚無になるってことだよ」

「分かってる。どうやら神さまっていうのは本当にここから肉眼では見えない世界にいて、絵美みたいに『コミュニ・クリスタル』で求めればちゃんと応えてくれるっていうのは、23世紀のガーディアン・フィーリングが発達した今の時代だもんな。それを信じられなくて使えなくて、……いや、使う勇気が無くて、科学で証明できなければいないと思えていた過去の傲慢で幼稚な科学の妄信の仕方に、僕はすこし憧れがあるだけさ」

ジョニーは言葉を吐き捨てた。口調はとげとげしいけど、表情はだいぶ和らいできた。

「……あっ」

あたしは、ジョニーの腕に巻かれた時計型の「コミュニ・クリスタル」が光っているのに気づいた。

「ジョニー、誰かから連絡だよ」

「ほんとだ。……えっ!?」

ジョニーが驚きの表情を浮かべる。腕時計のような「コミュニ・クリスタル」の表面には、名前が「ローズ」と光る文字で表示されていた。

「姉さん……?」

「……うん、あるんだよ、ジョニー。突然死んじゃった人が、どうしても家族や友人に話したくて、本来は三次元世界のあたしたちが望まないと……つまり、こっちに受け入れる心の準備が出来ていないとダメなんだけど、それを破ってでも、どうしても向こうから話したいっていう意識、つまり霊魂がアクセスしてくることが」

「本当に……ローズ姉さんが……?」

「出なよ、ジョニー」

「……うん。なんだか背筋が凍る気がするよ。ホログラフを共有しよう、絵美」

「オッケー」

お互いの許可が通れば、共通の立体映像として「コミュニ・クリスタル」は相手を表してくれる。……過去にこのガーディアン・フィーリングの技術が確立する前は、霊能力者という、いわゆる特殊能力を持って霊魂や神さまがたとコンタクトがとれるひとの力に頼ることが多かったんだって。でも嘘や、お金もうけのための詐欺的な話も多く、こちら側に近い低次元世界にいる悪霊や悪魔、意地悪な精霊と言われるような存在を神さまと思っているひとすらいたみたい。そして、霊能力者のひと、ひとりひとりによって見えること、告げることが違うので、別次元と言うこちらからは決して見ることのできなかった「あの世」のことを理解するのには、本当に苦労したらしい。

亜熱帯の植物の、大きな葉っぱの上に、ぽわっとひとりの女性が浮かび上がった。うん、ジョニーが送ってくれた過去の映像で見たことがある。ジョニーの五才上のお姉さん、ローズさんだ。

「やあ、ジョニー。可愛いガールフレンドとデート中に悪いね」

「姉さん……!」

「わたしが本物だということは、弟の君がやらかした恥ずかしい事件でも挙げればいいのかな? あれは君が10才のとき、珍しくおねしょをして……」

「わあ! もうそれ以上はいいよ、姉さん! ……本当にローズ姉さんなんだね」

ジョニーの顔に、弱々しいけれど笑顔が戻っていた。

「うん……突然死んでしまって、本当に申し訳ない」

「病気だもの、ローズ姉さんのせいじゃない!」

「ジョニー。確かにわたしたちの親はアレだけど、君がそのことで死んでほしいと願うほどに苦しんでいるのを見るのは辛い。親から離れたくて火星で生活を始めた君を、わたしという金づるがいなくなった父さんと母さんはきっと頼ることだろう。……でもね、わたしや兄さんのように従う必要はないんだよ」

「姉さん……」

「火星で一人暮らしが出来るようになった君だ。親代わりに育ててくれたあの優しい団体をふたたび頼ったらいい。困った親たちが、金をせびっていることを相談すればいいんだよ。決して、ひとりで苦しまないでほしい。君が望めば、たとえ見えなくても、わたしや兄さんがいつでも側に来られることを忘れないでね。それじゃ、掟をすこし破ってしまった分を、神さまに怒られてくるよ」

フッ、と映像はそれで消えてしまった。

「……本当に、いるんだ」

ジョニーは放心したような顔で、ぽつりと呟いた。

「ジョニー! これからレストランに行こうよ」

あたしは、ジョニーに明るく告げた。

「レストラン……?」

まだ、心がこちらに戻ってきていないような表情のジョニー。

「うん。そこで、豪勢なコロニー産のゆで卵か、地球から直送のお肉でも食べよっ! これはあたしのおごり。バレンタインが近いからね! それと、お姉さんとの初コンタクトのお祝いもね。おめでとう、ジョニー」

パチパチパチ、とあたしは拍手した。

「それから、あたしのこともどんどん頼っていいからね? ジョニーは決してひとりにさせないよ! うん、うっとうしいくらいに一緒にいるから」

「……がとう」

「ん?」

「ありがとう、絵美。まだすこし信じられない気分だけど……悪くない」

ジョニーはかすかに照れた表情を浮かべ、微笑んだ。

そのあと、あたしたちは腕を絡めてパークエリアを歩き、そこを出て商店街であるパサージュエリアのレストランへと向かった。

(続く)

次回予告

4話は、ふたたびジョニー視点。いよいよ自分の出生の秘密を絵美に明かす。どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、私がペイントツールで作成した火星共用コロニーのラフなイメージ図です。

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