創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」31話 恋人たちはノマド .ae(アラブ首長国連邦3)
30話のあらすじ
メタルクラッド飛行船をドバイ国際空港に留め、自動運転車に乗って、伝説の天使ジブリールとともに新たな天使(土地神)を呼び起こす儀式の場へと向かうカップルのジョニーと絵美。饒舌なジブリールとの語らいを楽しむうちに車はアブダビの儀式の場、世界樹ビルへと到着したのだった。
31話
場所: 地球、アラブ首長国連邦(ドメイン .ae)
記録者: ジョニー マイジェンダー: やや男性 18才
出身地: ブリテン 趣味: ネコとたわむれること
地上から350m離れた、世界樹ビルの最上階へと内部の透明なエレベーターが昇って行く。縦長に作られた木造の植物工場。それがこの世界樹ビルの内部のほとんどを構成している。外の壁面に取り付けられた黒い太陽光パネル、そのパネルとパネルのわずかな隙間の窓から入る柔らかな日差し。窓の素材はガラスの代わりに半透明の植物樹脂が使われていて、過酷な砂漠の太陽光線と熱風を低減させるように出来ている。太陽光の当たらない北側の面には、世界樹ビルの内部から樹木が育つように、窓を作らない場所もある。そこから外へと、ビルの壁面から木々は幹と葉を伸ばしていく。
世界樹ビルの木々と草に使われている、根を育てるための土は、微生物をたっぷりと含んだ無農薬のもの、または火星自然創生コロニーでも利用されている、人工の完全なリサイクルが可能な優良土。木々と草の育成については、自然の循環力を利用するか、それを理解した人工の仕組みになっているんだ。
そして、世界樹ビルのなかには、農作物を育てるエリアもある。ここには水耕栽培も使われていて、貴重な水は世界樹ビルの最上階に作られた、大気中の微細な湿気を水滴化してビルのなかに取り込む装置があり、そこから取られている。これは、この地アラブ首長国連邦の首都アブダビや、ドバイなどが砂漠の外れの海に面していて、湿気だけなら海から取れることから開発された。
世界樹ビル、その第一号。この地アブダビに作られた150年前のとても立派な建築物は、21世紀のなかばに熱に浮かされたみたいな建築ラッシュが金融危機や不動産バブルの崩壊、建築資材の高騰や、低賃金重労働、それまでのコンクリートビルやミラーリングされたビルではヒートアイランド現象が発生したり、環境破壊の原因になることなどが問題視されて止まったあとに作られた。
23世紀の世界的な住環境は、湿気の少ない地域ではゆるやかに木造建築が主流となっている。世界の各地に、木材を作る森をみんなで育て、すこしづつ利用しながら、無くなったところにはふたたび草木の苗や種を植えていく。
21世紀のころに問題となった、例えば安いチョコレート菓子やポテトチップ、シャンプーなど広い範囲で常用されるパーム油を取るためのパームヤシという植物。これはプランテーション農業として単一の木を植えるために、それまでの豊かな大森林を伐採するので、絶滅危惧種のオランウータンの森がさらに少なくなったり、オランウータンだけじゃなく、さまざまな生きものたちが追い出された。
それではいけない、と立ち上がったのは20世紀から21世紀にかけての若者たちだった。彼らはネットワークを駆使して世界的なつながりを持ち、森林を乱雑に伐採したあとのプランテーション農業で作られる粗悪なパーム油をみんなで使わないことにした。これにパーム油を当然のものとして使っていた企業も心を改めて、パーム油を使わない方法を選ぶか、森を維持できる仕組みを持った農法のパーム油の精製のみを残して利用することに決め、みんなで過度な森林伐採を食い止めた。
とはいえ、大森林を完全な元通りに再生するのでは、そこですでに暮らし始めたひとびとのお金を得る手段がなくなってしまう。
そこで始められたのが、木材建築用の木々をすこし植えること、森林のなかで育てられる農作物を、森の木々とともに育てていくことだった。
23世紀には、ライフキープマネーという、生活に必要なお金はその国、地域ごとの最低限を与えられるという仕組みになっているから、手つかずの大森林を「育て」ていくひとびとも現れてきている。地球にはそうして作られた、生きものたちのための大森林と、農業・林業が混在した森林とがすこしづつ増えている。
砂漠の地域は特殊で、水がそもそも少ない地域なので、いきなり木を植えてしまうと、かえって水をその木が独占してしまって、土としては不毛になってしまう場合がある。そういうときに、21世紀のひとびとは砂漠に草を植えた。これも、その土地に根付いてきた、育てやすく人間が食べたり売ったり出来るものから始まった。世界各地の乾燥地帯も、そうして草が覆うようになると、ほかの植物も活性化して草原化したところが増え、土に水が行き渡るところも増えて行った。
アラブ首長国連邦の首都、アブダビには、海岸を覆う豊かなマングローブ林がある。僕らがアンドラ公国から飛んできたときに見えた、あの緑のベルト地帯だ。
20世紀に日本人が始めたアブダビのマングローブ植林活動は、現地のひとびとが引き継いですこしづつ規模を大きくして行った。このために、かつて砂漠の不毛の地であったアラブ圏のさまざまな場所も、特に海に面した地域は、その土地の気候自体が本当に水の降らない極寒と灼熱の環境下のところを残して、緑の多い地域が増えつつある。
その緑の時代を願って作られたのが、この世界樹ビル第一号だ。当時、地上350mの木造建築というのは理論上では成立していたけれど、アラブ圏で最も先端を行くこのアブダビが世界で最初に名乗りを上げ、技術力を結集させて作り上げた。完成時、それまでドバイのブルジュ・ハリファを観に来ていた海外からのひとびとは、こぞってこの世界樹ビルへと見学に来るようになったという。
エレベーターが静かに止まり、ドアが開いて最上階の姿が目に入ってきた。
世界樹ビルの最上階から、さらに上空へと伸びる、筒型の360度の風を取り込める風力発電装置の基礎部分、足のところが見える。
「わあ! 東京タワーの下から見上げたみたい」
絵美がそれを見て歓声をあげた。
「東京タワー? ああ、エッフェル塔と似たような造りの、日本の塔のことかい」
「うん! あはは、エッフェル塔ほどエレガントじゃないけどね。でも、あたしは好きなんだ、あのおめでたそうな赤と白との組み合わせとか」
「確かに。あの色のセンスは、日本のオリジナリティがあるね」
「ああ、ジョニー、ちょっとだけ日本が恋しくなっちゃった! あとでお姉ちゃんやスサノオノミコトさまと連絡を取ろうっと」
「うん、そうしたらいいよ」と僕は頷いた。
コミュニ・クリスタルを使えばいつでも、どこでも神々や天使や妖精や妖怪、宇宙人などの万物の意識、そして遠方の親しいひとびとと話は出来る。それでも、やっぱり五感でその地のことを、ひとびとを感じたいというノスタルジーは、消えるものではないんだ。
『さあ、こちらが新たな守護者ですよ』
ジブリールが、世界樹ビルの最上階に進んでいく。短い丈の草と木々に覆われたその穏やかな空間で、静かに眠っていた……いや、停止していた、と言った方がいいのだろうか? 小さなロボットを、僕らは見つけた。
「これは……『マーズホープオービター』じゃないですか!? こんなところにあったんだ」
僕は、21世紀のアラブ首長国連邦が初めて成功させた火星探査機を見て、驚いた。
『はい。アラブの言葉では『アル・アマル』になりますね。英語と同じく、希望という意味です』
ジブリールが、ところどころ機体にも草を生やしたまま、動かないそのロボットを見て、優しく目を細めた。
(続く)
※ マーズホープオービター(Mars hope orbiter) アラビア語でアル・アマル(al-amal)は、2020年7月20日に日本の種子島宇宙センターから打ち上げられた、アラブ圏では初めての、アラブ首長国連邦によってつくられた火星探査機です。2021年2月9日に火星の周回軌道へ入ることに成功しました。この物語では、その後火星で回収に成功して地球に戻り、世界樹ビルの最上階に飾られていたという設定です。
※ 今週分の「信長の大航海時代」は、今回のこの作品と代えさせて頂き、投稿をお休みと致します。ご了承くださいませ。
次回予告
古い火星探査ロボットを守護者として起こすための儀式を、ジョニーと絵美は行います。11月中旬ごろの投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりスナフさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。