創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」30話 恋人たちはノマド .ae(アラブ首長国連邦2)
29話のあらすじ
メタルクラッド飛行船で地球のあちこちの新たな天使(土地神)を呼び起こし、火星滞在経験を広める仕事をするカップルのジョニーと絵美。ふたりは、灼熱の風が吹くアラブ首長国連邦の都市、ドバイへと降り立った。迎えたのは、ジブリール。ムハンマドに神の言葉を告げた伝説的な天使だった。
30話
場所: 地球、アラブ首長国連邦(ドメイン .ae)
記録者: 絵美(エミ) マイジェンダー: やや女性 19才
出身地: 日本 趣味: ネコとたわむれること
『……それでですねー、映画『コンスタンティン』では結構な悪役として描かれたこともありまして。ひとびとの自発的な表現行為はなんでも尊重致しますけれども、出来ればちゃんと旧約聖書の時代から見守り、無音無形の領域にあられる主のご意思を伝えてきた私をそのように描くのはどんなもんだろうとも思いましたよね、まあ』
わー。イスラム圏ではジブリールさま、昔からのお名前をガブリエルさまは、なんていうか……伝説の天使さまなのに、屈託が無くて、それからほんとによくおしゃべりする方だった。
あたしたちは、メタルクラッド飛行船をドバイ国際空港に留め、灼熱の無人街をエアコンの効いた自動運転車に乗って通り過ぎ、儀式の場所があるというアラブ首長国連邦の首都アブダビに向かっている。
四人乗り用の車のなか、あたしとジョニーと対面する形でひとり座席に座ったジブリールさまは、スズメのようなまだら模様の翼を狭そうにたたんで、これまでの苦労話……いや、あたしたち人間とのかかわりを自らお話してくださっていた。
ガブリエルさま、と意味をヘブライ語で「神の人」として旧約聖書から登場するこの方は、預言者ダニエルが見た幻の意味を伝える、という形でお出でになる。新約聖書ではイエス・キリストの洗礼者となるバプテスマのヨハネがお生まれになることを告げ、ママ・マリアにイエス・キリストのお生まれになることも告げ。そしてこの地、アラブ首長国連邦でも信仰されているイスラム教の創始者ムハンマドに啓示をお与えになり、そのお言葉が聖典「クルアーン(コーラン)」となっていったんだって。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。戦いを繰り返してきたこの三次元世界では無音無形の同じ大いなるひとつの神さまを信じるひとびとは、21世紀に入ってもその関係はかなり微妙だったらしい。
世紀の始まりにアメリカで同時多発テロが発生し、それをイスラム教過激派の一部の人間たちが計画したということで、中枢と仲の良かった一部のユダヤ教徒たち、そしてキリスト教の強い国であるアメリカとイスラム教圏の国との戦いが起きた。
それまでにも十字軍とかオスマン帝国の拡大とか、いろいろあったけど、このアメリカ国内の世界貿易センターのビルであるツインタワーや他の施設を狙った大規模テロが起こったことで、何千人もの犠牲者を出したアメリカがイスラム圏の国々へ、テロを起こした組織への報復をきっかけとして攻め込み。むちゃくちゃな戦争がイラクやアフガニスタンで起こって、ユダヤ教徒、キリスト教徒とイスラム教徒の関係はとても悪くなった。
2021年になって、ひとつの区切りとしてアメリカがアフガニスタン撤退を実行したあとは、欧米圏とも仲の良い、このアラブ首長国連邦やイスラム圏の比較的温和な国々がアフガニスタンやイラクなどの、アメリカと仲が最悪になっているところのひとびとの仲介を担った。そこからはすこしづつ、かつてアメリカと戦ったベトナムや日本みたいに、関係も良くなっていったんだ。
『1999年の7月に、恐怖の大王が降って世界は滅ぶとされていたときからすぐ後のころは、人心が荒れて私たち天使の守りが薄くなってしまい、私の言葉もひとびとを通しては、なかなか届かなくなってしまっていたのです。あのとき、ガーディアン・フィーリングの技術が確立していて、私たち天使や不可思議な存在、そしてこの三次元世界には現れることの難しい主という存在を確かに誰でも感じられることが出来ていたならば、同じ無音無形の主を信じる者たちどうしが殺し合うこともなかったかもしれないのですが』
ジブリールさまが悲しげに目を伏せる。
「でもでも、ジブリールさま! 今は23世紀ですよ。イスラム教のひとたちが住む地域に多い砂漠地帯も、水が手に入るところは森や草原、農地になりました。気候変動によって起きる自然災害には、地球のみんなで対策を立てて、飢餓が起きる地域には、豊作のところから食料を再分配できるようになった時代です。大いなるひとつの神さまという、ここには現れることの難しい方と、小さな神さまがた……あっ、そう言うと『アラー以外に神は無し』とかになっちゃうかもしれないので、天使さまって言っておきますけど、そうした存在に守られてもいる今ここなんです。ほとんど飢餓も戦争も無くなってる、今この時を見るようにしましょうよ」
あたしはジブリールさまに笑顔を見せた。
「……そうですね。ありがとう、絵美」
ジブリールさまの顔にも微笑みが戻った。
「確かに『残酷な天使のテーゼ』っていう日本の歌もあって、その歌が主題歌になってるアニメーションのなかじゃあ攻撃してくる化け物扱いでしたもんね、天使って」
「あはは、よく日本のアニメのこと知ってるね、ジョニー」
「世界の終わりという感覚のなかで、一所懸命生きようとする姿を描くフィクションものは嫌いじゃないんだ。そういえば、最後の審判の日にラッパを吹いて知らせるというのもガブリエル……いや、ジブリールのお仕事ですよね。滅びの日は、ほんとうに来るのかな。だとすれば、それはいつですか?」
『シリウス、アークトゥルス、アルデバランといった永遠の領域から来る宇宙意識とのやりとりが可能になり、リトルグレイのような宇宙人が手を貸してくれる時代になった今、滅びという事象こそが肉体と物質に関わるフィクションであり、意識には滅びなどないということが分かって来ていますから。それはイエス・キリストが自らの死と復活をもって2000年よりも前に示したことでもあります。そうですねえ、何十億年かののちに地球が寿命を迎えるそのときにでも、吹きましょうかねえ、お世話になった地球という星への手向けとして』
「ぷっ……なんだか、とんでもなくのんびりとしたお話だなあ」
「ほんとだ! ジブリールさまって面白い方ですね」
ジョニーとあたしも、ゆるりとしたジブリールさまのお返事に笑ってしまった。
あたしたちが、自動運転車のなかで話を弾ませていると、その動きが静かに停止した。
『さあ、着きましたよジョニー、絵美。ここが新たなアラブ首長国連邦の守護者となる者の待つ、施設です』
ジブリールさまが先導して車を降りた。
「わあ! 大きな森が建ってる……?」
あたしは、アブダビの地に高くそびえ立つ建築物を見てびっくりした。木造建築の高いビルがあり、その壁面のあちこちには木々や草が伸びている。まるで、ひとつの大きな樹があるみたいだ、と思った。
「もしかして、世界樹ビル……?」
ジョニーも見上げて、そのビルの名を口にした。
(続く)
※ ジブリールさまのお話に出てくる「コンスタンティン」は、2005年にアメリカで制作された、キアヌ・リーブス氏主演の映画です。当時、無謀な戦争に突入した頃の空気を吸って作られたためか、かなりネガティブなエッセンスの強い内容となっています。が、話としてはキリスト教の世界観をバックにしたファンタジーアクションものとして面白いので、気が向かれましたらどうぞ観てみてくださいませ。
※ ジョニーが話している「残酷な天使のテーゼ」が主題歌のアニメとは、今年についに完結をしたあの某作品です。庵野監督はうつになったりしながら制作し、終わらせることが出来たそうで。襲い来るモンスターが天使の名前を持っているとか、よく考えるといろいろと病んでたかも、とも思います。庵野監督、奥様の安野モヨコさんを大切に、どうぞ末永くお幸せに。
※ 今週分の「信長の大航海時代」は、今回のこの作品と代えさせて頂き、投稿をお休みと致します。ご了承くださいませ。
次回予告
世界樹ビル。そのなかで待っていた、新たな守護者となる存在は……? 10月中旬の投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。
※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりナミナミ・シズカさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。
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