Vol.10 最新の小売トレンド〜Micro-fulfillment〜
今回のテーマも前回に引き続き、小売業界を刷新しつつあるMicro-fulfillmentについて紹介します。
Micro-fulfillmentは、フルフィルメントの一種です。EC業界においては、ユーザーからの受注、商品梱包、発送、商品受け渡し、代金回収、カスタマーサポートといった一連のバックヤード業務をフルフィルメントと呼び、顧客体験の向上する上で重視してきました。例えば、古典的なEC事業者は、地方に大型の集中倉庫(フルフィルメント・センター)を持ち、数日かけて購入者の住所まで配送を行います。一方、Micro-fulfillmentは都市部に分散する店舗や、小型倉庫をフルフィルメントセンターとします。つまり、ユーザーは同日(30分〜数時間とサービスによって異なる)に商品を受け取ることができます。当然、ユーザーの利用するデバイスがPCからスマートフォンに移行したことで位置情報の利用が進み、このトレンドは一層強くなりました。
※中国の「盒马鲜生」著者撮影
以前のメールマガジンでも触れましたが、Micro-fulfillmentはBOPISとともに世界の小売業を刷新しています。特に人件費が低く、配送コストが経済的な新興国では先進国に先駆けて、標準的なサービスになっています。一方、欧米では、コロナ禍によって大きな行動規制が敷かれたことにより、消費者が地域の商品を手に入れるテクノロジーへの投資が加熱しています。つまり、先進国が新興国を追いかけている構図です。本来、先発していた国が、後発していた国に遅れることが、たまにあります。このような現象は、後ろの人が前の人の背中を跳び箱のように飛び越える遊びに例えられて、リープフロッグ(馬跳び)と呼ばれます。何が原因でしょうか。
1. スマートフォンをきっかけにしたインターネットの個人利用:日本でインターネットの民間利用が始まったのが、1993年です。当時は大学生が家からインターネットにアクセスするだけで新聞に掲載されましたが、iPhoneが発表された2007年には世帯普及率が80%を超えており、ほぼ全世帯に普及しています(総務省「通信利用動向調査」)。一方、新興国では価格がネックになり、主要都市のホワイトカラーが仕事と家で利用しているようなケースに限られます。結果的に、インターネットを個人で利用するのは、スマートフォンの登場を待つことになります。2010年以降、低価格のスマートフォンが新興国を覆うことになりますが、日本でスマートフォンの世帯普及率が30%に近づいたのは2011年です。つまり、情報環境が先行していたからこそ、後発情報環境への移行が遅れたのが先進国。遅れていたからこそ、スマートフォンに最適化したサービス開発進んだのが、新興国です。
2. 主要都市での中間層の拡大:スマートフォンの普及を準備するように、新興国の主要都市では、中間層が1990年の1.4億人から2008年には8.8億人と急増しています(経済産業省「通商白書」)。当然、消費行動にも大きく影響を与えています。今まで、身体の保護や、摂取できるカロリーといった機能的な側面が消費を左右していましたが、より付加価値を求める消費者が誕生したのです。このような商材の購買は消費者はよりブランディングや、文化的な背景を求めます。この観点から、都市部の「新しい消費者」向けに店舗と店舗からのフルフィルメントが一般化することになります。
Micro-fulfillmentのアイディア自体は、奇抜なものではありません。例えば、お酒の通販カクヤスにも同じようなフルフィルメントを観測できます。得られる教訓は、消費者の情報環境は常に変化しており、常に先行して適応する必要があるということでしょう。以上のリープフロッグについては、伊藤亜聖『デジタル化する新興国』(中公新書)にも詳しく述べられています。興味の有る方は是非参考になさってください。
次号はMicro-fulfillmentにより韓国のEC業界を刷新したCoupang(クーパン)について紹介する予定です。