百聞は一見に如かず、その続きは誰が考えた?!
「趙充国が言った、”百聞は一見に及ばない。前線は遠いので戦略を立てにくい。私自身が馬で金城に行き、企図(きと)して戦略を奉りましょう。”」 漢書”趙充国伝”より
この言葉はよく皆さんも聞いたことがあるかと思います。他人から何度聞いたところで、実際に自分の目で見るなど体験して事実を知るという方法に及ばない、という意味でよく使われます。
元々は中国の前漢時代の出来事です。前漢の宣帝が使者をつかわして、趙充国に尋ねます。「漢に従わない異民族の勢力がどれほどで、鎮圧するにはどれほどの兵力が必要だと思うか。」
趙充国はそれに答えます。「百聞は一見に如かずです。現場はここから遠く、予想がつかないので私が自ら金城に馳せ参じ、地図を描いて方策をたてまつりましょう。」このようなやり取りから有名になった言葉なんですね。
故事成語としてはこの「百聞は一見に如かず」の一文だけです。私もこの言葉が大好きです。でも、のちの人々による創作で、この続きがあるのです。辞書などにも載っていません。それをご紹介します。
百聞は一見にしかず
百見は一考にしかず
百考は一行にしかず
百行は一果にしかず
百果は一幸にしかず
百幸は一皇にしかず
百聞は一見にしかず:聞くだけでなく、実際に見ないとわからない
お稽古でもなんでも、やり方をたくさん聞くだけではなく、実際に見るとよくわかります。余談ですが、以前テレビで、実際にお料理を見ないで説明書きだけで外国の方に日本の料理を作ってもらうという面白い番組をやっていました。国の習慣やカラーがお料理に反映されて、ちょっとずつ違うものが出来上がる、非常に楽しい企画でした。
百見は一考にしかず:見るだけでなく、考えないと意味がない
何事も、自分で考えて答えを導き出すべきです。みんなが右に曲がるから自分も右に曲がるのも確かに楽だし、安全かもしれません。鳥や魚などはそれで生き残る確率も上がるというもの。でも、もっとハイレベルな生き方を目指すなら、一歩立ち止まって考える必要があるのです。
百考は一行にしかず:考えるだけでなく、行動すべきである。
考えているだけでは何も変わりません。考えるところまでは誰でもすると思いますが、行動に移す段階で大きな精神的な壁が立ちはだかるのです。”現状維持は後退である”と、かのウォルト・ディズニーも言っています。その壁を乗り越えて行動すると、必ず何かしらの変化が起きます。
百行は一果にしかず:行動するだけでなく、成果を出さなければならない。
行動するからには目的があるはずです。大きな目標も大切ですが、それに向かって小さな目標をクリアすることを一つずつコツコツと積み上げていくことで、確実に成果に近づくことができます。
百果は一幸にしかず:成果を上げるだけでなく、それが幸せや喜びにつながらなければならない。私たちは幸せのために生きています。幸せや喜びがなければ、生きる目的を見失ってしまいます。決して他人のものではない、自分の幸せはどこにあるのかを常に念頭に置いておくべきなのです。
百幸は一皇にしかず:自分だけでなく、みんなの幸せを考えることが大事。
自分だけで生きている、自分だけで何かを成し遂げた、自分だけのもの、ということはあり得ません。世の中の全ては関わり合いで成り立っています。感謝と共に、みんなの幸せを心から考えることです。
以上が”百聞は一見に如かず”から見事に発展した言葉です。忘れないように、何度も読み返したいですね。