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小説版『アヤカシバナシ』120円

見える人、見えない人、私はどうか・・・どっちなのか。

なんとも言えない、だって見えているけどそれがそうとは限らない。

そうかもしれないけどそうじゃないかもしれない。

『それ』に聞かない限り答えはわからない。

でも聞く事で何かあるかもしれない、取り憑かれるとか。

見える事を悟られてはいけない、勝手に子供の頃には思っていた。

でも・・・見えている事を伝えたかった事もある。

でも・・・見えない方が良かった・・・


これはそんな思いをした話です。


某大型デパートの服屋さんで働いていた時の事、気づいた時にはもう居たので、いつからなのかはわかりませんが、おじいさんがトイレの前のベンチに腰掛けていました。

腰はそんなに曲がっておらず、髪も全部白髪だが櫛を入れて、キチンと分けられており、服装もごくごく普通、いやむしろキチンとしている印象で、靴も綺麗だった。

私がバックルームに入る時に目が合う事があるので、いつからか『前失礼します』が『こんにちは~』に変わっていた。

そのおじいさんがある日、紳士服の整理をしているときに

『本当に申し訳ないのですが、お財布忘れてしまって、なんとかお茶を買うお金を貸していただけないでしょうか』と言うのです。

私は快く『あ、いいですよ、倍にして返してくださいね』と冗談を言って120円渡すと、おじいさんも笑って『100万円ね』と

言っていた。おじいさんは朝から座りこみ、お弁当を食べ始めた。

『いつもここで食べてましたっけ』と聞くと

『嫁に邪魔がられててね、出されるんだよ、夕方まで帰って来るなってね』

と、少し悲しそうに答えてくれた。

可哀そうだが他人の家の事情に首を突っ込めないので

『そうなんですか、身体壊さないように暖かくして来てくださいね』

と声をかけた。


『すまないね、行くところが無くてね、こんな足じゃ遠くにも行けないし』


『いえいえ、私の家じゃないけどゆっくりしてって下さい』


ニッコリ笑って仕事に戻った。


翌日おじいさんは来なかった。


別に120円が惜しかったわけではない。

少し心配だったのです。

そんな思いも悪いけど忘れかけた頃、レジで忙しい中で、あのベンチにおじいさんの姿を見かけた。

怒涛のレジ業務を数分かけて処理して目をやると、おじいさんはいなくなっていた。


『確かに居たのになぁ・・・』


それからちょくちょく見かけるようになったのですが、忙しくて声をかけられない時に限ってなもんで、時間ができると居なくなっていることが続いた。


そして何週間経ったかはわからないのですが、一人の男性が私を訪ねてきた。


『Aさんというのは貴方ですかね、あの・・・ここによく来ていたと思うのですが、爺さん覚えてらっしゃいますか?白髪でシチサンで・・・』


『あ!ええ!お元気なんですか?』


『それがその・・・亡くなりまして、〇月〇日に・・・』

それは120円を貸した翌日でした。

でも姿を見かけた・・・とは言えなかった、悟ったからです。


『で、私に何か・・・』


『親父の部屋の引き出しに手紙がありまして、貴方に渡してほしいとこれが・・・』


そう言うと男性は私に240円を渡した。


『100万円じゃなくてごめんなさいって書いてましたけど・・・あの・・・』


『あ、いえいえ変な意味はないんで大丈夫です、お弁当食べるときにお茶を買うお金を忘れたので貸してほしいと言うので、倍返しですよと冗談言ったらおじいさんがじゃぁ100万円なって、そんな他愛もないやり取りですから・・・』


そう言って120円を男性に返した。


『いあでも』


『貸したのは120円ですから、では』


そう言って足早にバックルームのトイレに入り、込み上げる色んな感情を深呼吸で沈めながらかみ殺した。


声かけてあげれば良かったと思いました。

声かけてどうなるわけでもないし、取り憑かれて大変なことになったかもしれませんけど。


好きな場所に来たかったのか、死んでからも家に居るのが怖かったのか、もしかしたら私にお金を返しに来たのか、答えはわかりませんが、見えない方が良かったとも感じたのは正直な気持ちです。

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