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好敵手(とも)へ
その友とはゲームセンターで出会った。
バーチャファイターで対戦するのが流行っていた頃、お恥ずかしながら私も仕事帰りに寄っては対戦をし、段位を上げたり奪われたりを楽しんでいた。そこで話をするようになった対戦相手であるS
このSが人懐っこく、私を好いてくれてメールアドレスの交換をしてバーチャについて語り合ったりしていた。そんなある日、自分の兄を紹介したいとのことで待ち合わせをした。
そこに現れたのがめちゃくちゃ大きく、私が後ずさりしちゃう風貌の男。Sもとても大きい方だと思うが、Sを遥かに超える大きさだった。どれくらい大きいかと言うと171cmの私より頭一つ大きいのだ。
正直『こわ』と思ったが、屈託のない赤ちゃんの様な笑顔で右手を伸ばし、握手を求めながら『Nがお世話になってると聞いて挨拶したくて』と言った。『なんだ、めっちゃいい奴じゃん』と思ったのを覚えている。何を話せばよいのやらと言う空気になりかけた時、その男は『まずやりましょう』とバーチャファイターでの対戦を促してきた。拳で語ろうってのか?こんなデカい男、雑なぶっ放しだろうと思い挑戦を受けたのだが、その巨体に似合わずヒット確認や確定反撃をキチンとして来ると言う繊細さに手も足も出なかった。その男のリングネームから取って名をKとする。
そのころのバーチャは4だったかなぁEVOだったかな、まぁいいや。それからと言うもの、毎日のようにKとゲーセンで会うようになった。Sは仕事柄地元を離れることがあったので、必然的にKと打ち合わせて手合わせするようになっていった。今で言うオフ会みたいな感じで、バーチャで知り合った仲間たちと焼肉したり、仲間の結婚式に出たり、友達と言うよりは大人な付き合いって感じの輪が広がって行った、その発起人がほとんどKだった。彼は仲間の誰かに何かあると、そのことに触れることなく、それとなく集まる機会を作っては楽しい時間を共に過ごすのだ、ほっとけない性格らしい。それで助けられた仲間もたくさんいる。
ある時、私が職を失ったタイミングでKも無職になった。一緒にハローワークへ行き、帰りにバーチャして帰った。全然仕事が無くて一緒に流れ作業の工場へ行こうかなんて話もしたが、何となくお互いに仕事が決まった、しかし私の方は直ぐに退職しなければならない状況になり、一人でハローワークへ通う日々を過ごすが、Kからメールで『〇日の〇曜日開いてる?〇時頃にバーチャ行こう、金の事は心配するな』と誘われる。本当に金が無かったのでゲームにつぎ込む事なんかできなかったけど、待ってると言ったら待ってる人なので顔だけ出すと、両替した大量の100円玉を渡され『やるぞ』と言われる、ぶっきらぼうな優しさと彼なりのエールなのだろう、泣きそうになった。そんな事が何度か続き、私も仕事が出来るようになったので、今度は私が出すからバーチャ行こうと誘うと、行くけど金は出さなくて良い、あれは俺が勝手にやったことだからと言って受け取らず、しつこくすると怒鳴りだす始末。見上げる巨体から怒鳴られると殺されるんじゃないかと思って『わかったよ』と負けてしまう。そういうお返しは絶対受け取らない人なのだが、誕生日プレゼントは受け取ってくれた。『死霊のえじき』のDVDは喜んでくれたようだ。
そんな彼も結婚が決まり、私のイラストで記念品を作って送った。
その後も付き合いは続き、私が体調を崩した時彼から『歩け』と指示を受ける。彼は柔道整復師の資格を持っており、筋肉や骨格のエキスパート。ウオーキングをすることで腰や背中の筋肉を鍛え、心肺能力を高めて体づくりをしろと言うのである、やったふりして適当に『やったやった』と言ってると、じゃあちょっと行くわと言って直ぐに家に来た。私の背中に触れると『なんもやってねぇだろ』とバレて怒られた。それからは真面目に続けていると、その頑張りを認められ、ランニングチームを結成しようと言う事になった。毎日5km走り、会社の往復も3kmくらい歩いた、少しづつ距離を伸ばし、とある大会に出ることにした、仲間の応援もあり、その日私は初めて10km走る事ができた。この気持ち良さは表現できないものだった、100m走るのでもヒィヒィ言ってた私が10.000mを走ったのだ、私の中ではやれば出来るとかそういう安直な言葉で片付けて欲しくないくらい大きなものだった。この偉業を達成させてくれた彼には本当に感謝している。
曲がったことが嫌いで、ダメなことはダメとハッキリ言う人で、ゲームしてる弟の顔面に張り手をしてぶっ飛ばした事もある、香水のキツイ店員を叱ったり、ゲーセンで暴れてるヤンキーに説教したりもしていた。一緒に居るときにそれやられると『そこまでしなくても』と言うのだが、彼は『俺だから良かったんだよ、ヤクザとかだったら大変だよ』とよく言っていた。お前もヤクザも変わらんけどなって思ったけど(笑)
人を楽しませる為にお金を使う事を喜びと感じているような人で、会費制にしろと言ってもガンとして譲らなかった。
そのうち私は急性気管支喘息をやってしまい、ドクターストップで走る事が出来なくなった、大きなマラソン大会に向けてトレーニングを続けて来たのに泣く程悔しかった。それをきっかけに少しづつ距離が出来てしまった。付き合いが切れたのではなく、自然に連絡を取らなくなる感じってあるじゃない?そんな感じになって行きました。
そんな中、Kから連絡が入り、昔のバーチャ仲間と飲もうと言う事になった。聞けばその仲間が離婚したから励まそうと言う事だった。
それから数ヶ月、LINEが入った。
『ワシらは疎遠になったの?』
え?そんなつもりはなかった私はちゃんと納得するように答えた。するとKは『じゃぁお好み焼き食べに行こう』と言った、なんだそれ(笑)仲の良い3人でお好み焼き屋で腹いっぱい話して飲んで食べた。
外で話し込んだものの、寒くなってきたので名残り惜しんで解散することになったのだが、Kは自前の自転車で颯爽と帰った。
この姿が最後だった。
先日Sから連絡が入り、兄が亡くなったと聞く。
言わないように言われていたらしく、Sもその約束を守ったのだろう、辛い役回りを承ったものだ。急すぎて驚きしかなかったが、時間の経過とともに色んなことを思い出すものである。
ドヘタなカラオケ。
しゃれっ気が無いクセに靴だけはイイもの履きやがって。
デリカシーが無いクセに気遣いは人一倍しやがる。
聞いてないふりして仲間の好きなモノチェックしてサプライズしたり。
生き方や過ごし方にはクソうるせぇし。
でももう人懐っこい笑顔も、でっけぇ声も聞けないんだね。
今思えば、お好み焼き食べた時は既に余命宣告されていたんだなぁ。何も知らずに『随分痩せたな、病気なんじゃないの?』って言ったような気がするよ、ごめんな。
あの時一緒にニートやって遊んでなければ今はなかったと思います、最高にバカ、全力バカだったわ、でも人生の中であんなバカを一緒にやれて私は誇りに思うよ。
バーチャを本気で戦って一度も勝てなかった友よ。
余命宣告から1年も生きた強き男よ。
そして心優しき男よ。
君との出会いは私の誇りです。
ありがとう、好敵手(とも)よ。
2022.12.15