小説『FLY ME TO THE MOON』第36話 食料調達作戦
『神楽さん・・・ちょっといいですか』
ゼウスの監視カメラを確認している監視員から申し出があった。
カツカツとヒールを鳴らし、名前を呼んだ監視員の横に立った。
『どうしたの?』
監視員が見上げるモニター前の神楽の姿はドMにとってはたまらないアングル。薄暗い監視室でモニターの明るさに煽られる神楽は格別に美しい、妖艶で気高い女王様が下から拝めるのだ、これが見たくて用もないのに呼んでしまう部下がいるほど人気が高い絶景スポットだ。
しかし今回はちゃんと要件があった。
『スタジアムのカメラなんですけどね・・・・』
監視員が指差したモニターには白いボードを持った、白い髪の少女が立っていた。
『この子・・・・・』
記憶にはしっかり残っていたが、汚点でもあるため、言わずに置いた神楽。
『何してるのかしら、寄れる?』
『ハイ・・・それが・・・・』
カメラを白いボードに寄せた。
『神楽さん連絡欲しい・・・え?私?』
『かな?と思いまして気になったんです』
『うーん・・・もう少し様子見てもらえる?注目してて。』
『わかりました』
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小さなお誕生会が終わり、4人はそれぞれ働いていた。
お昼になり、お腹がすいてきたパイロンが言う。
『電気は落ちたけれど、ガスとかどうかな?警備室にガスコンロあったから、何か作れないかな・・・』
ボルトを締めてからゆっくり体を起こし、ぐーっと天を仰ぐように状態を逸らす如月。見事な腹筋があらわになり、虎徹が手を止めて釘付けになる。
『如月さん、エロ過ぎっすよ、ははは』
『そぉ?健全な肉体美と言ってほしいわね。で?パイロン、ご飯だよね、お腹すいたもんねー』
『グーグーで申し訳ございません』
『よーし!じゃぁ二班に分かれて、一班は2人でお昼ご飯作る!ここには食べ物がないって言ってたけど、あると思うんだよね。』
『如月さんの勘は鋭いっすからね』
『そうですね、全く食べていない様子には見えなかったですね、あの釘撃つ人・・・あ!鍵!!!あの釘の人、鍵とか持ってないかったかな!』
『あ、私、パイロンさんのリュック取り返す時に、取り敢えず全部奪って、リュックに入れたっすよ、鍵もあったっすよ』
『やっすい推理ドラマみたいな、後付け展開で申し訳ございません』
『パイロン!リュック見に警備室に戻るんだよね?じゃぁご飯部隊、パイロンでいい?いいよね?あとは・・・・』
『あ!私、私!パイロンさんと料理したいっす!』
『んじゃスティールね、頼んでもイイ?』
『良くて申し訳ございません』『いいっすよ!』
『ってニヤニヤすんなよジィさん!私と2人きり!みたいな顔すな!』
『そりゃなかろう如月、はっはっはっは、年寄りには優しくするもんじゃて』
『隙あらばパンツ見ようとするんだから年寄り扱いいらないでしょ、むしろ絶倫じゃん、全開バリバリじゃん』
『まぁまぁ、さ、もう少しやろうかね』
『うん、そだね、じゃぁ私、もう一度ボード持って立つね』
『あいよ』
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『あったあった』
『あったっすか鍵』
小さな紙に第三倉庫と書いて、それをセロテープで鍵に貼りつけてあった。
『第三倉庫だって』
『第三っすか?あ、パイロンさん地図ないっすか』
『ん?あぁそうだった、申し訳ございません』
折りたたんであった館内のパンフレットをパタパタと広げ、2人でそれぞれ指でなぞりながら第三倉庫を探す。
『あった!』
見つけたのはパイロン。
『ここ・・・どこ?』
『外っすね・・・』
『外ぉ?』
『地図だと・・・私が入ってきたのはここだから、この入口を左に・・・でスタジアムに回り込んで・・・裏ですね。一番近い出入り口がここだから・・・それでも・・・300mくらいあるんじゃないっすかね』
『あ!!!!車!!!!』
『そうだよ!軽トラあったっすね!ならこの出入り口は使えないから、うーん・・・と、ここから出て回り込むので、倍くらいの距離になるけど。』
『ひとまず睦月と虎徹さんに相談しなきゃ』
『そうっすね』
2人は走ってスタジアムのライヴ会場に向かった。
この通路、何度走っただろうか。
あまり来ることはないのだが、もうすっかり覚えてしまうほど、ここに慣れてしまった。出来ればライヴなどを観に来て慣れたかったものであるが、まさかこんなことになって慣れるとは。良いのか悪いのか複雑な気持ちのパイロンだった。
虎徹のもとに辿り着いたパイロンと羽鐘は息を切らしていた。
『はぁはぁはぁ』
『どうしたパイロン・・・待ってな。如月ー!ちょっと来てくれ!何かあったみたいじゃ!』
『はーい』
白いボードを持ってピョンピョン跳ねながら如月が返事をする。
4人が集まり、パイロンが話し始めた。
『食料が隠してあると思われる倉庫の鍵をあの釘女が持ってたの、でも地図で確認したら、鍵に記されている倉庫の場所は・・・』
『場所は?』
『そ・・・・外で・・・申し訳ございません』
『外かよ!!!!』
『走って300mくらい、車なら出口が限定されるから800mくらいはあると思う・・・でも本当にあったら、山ほどあったら車じゃないと、何度も取りにいけないと思ってしまってて申し訳ございません。』
『一難去って、次は次男か・・・』
『如月さん、間違い方がファンタジーっすね』
『その次三男でしょ?』
『何兄弟いるんスか』
『でもめっちゃあったらパーリナイじゃない?虎徹さんはどう思う?大人の意見、いあジジイの意見、違う、エロジジイの意見』
『そうじゃなぁ・・・どの道このままじゃ飢えるしな、じゃが・・・・かなり危険じゃぞ』
『行くしかないって答えですね・・・で・・・申し訳ございません。』
『で・・・どうするっすか?作戦的なやつ・・・』
『うぬ、ワシの考えじゃが、年寄り扱いされそうじゃが、戦闘能力は恐らくこの4人の中で2番手じゃと思うておる。つまり、行くのは如月とワシじゃないかと。』
『私は構わないわよ、車だから走らないし、積み込む作業と、その間の戦闘でしょ?なら虎徹さんの体力も持つでしょうよ。』
『さすがは流石如月流活殺術の後継者、見抜いておるわい。年寄りに走るってのが一番堪える、じゃが戦うとなれば、使う筋力が違うんじゃよ、時には流し、時には避け、最小限の動きで温存しながら戦うことも可能じゃ、なら抜刀術を心得ているワシが良いと思うのじゃ』
『戦闘力が高い2人が抜ける間が心細いけど・・・得策としか思えなくて申し訳ございません。なんか役に立ってないなぁ・・・私・・・。』
『パイロンさん!そんなことないっすよ!それぞれ役割あるじゃないっすか!得意不得意みたいな、私だってデスボイス以外なんもないっす!歯がゆいっす!でも・・・そういうの補ってオキシダイズ+1じゃないっすか!?4人で1チームじゃないんすか!』
『そうじゃ、おっぱいみせろ』
『そっか・・・そうだよね・・・私に何ができるかな・・・』
『冷静沈着に状況分析ができるっす!危機回避には必要な能力っす!そして全国を制したスマッシュがあるっす!如月さんの蹴りに匹敵する破壊力あるっすよ!』
『ちょっと待って・・・おっぱい見せろって聞こえてしまい、申し訳ございません』
『虎徹!』
いい合いの手を入れて場を和ませた虎徹、年の功なのか、単なるエロジジイなのか。しかしながら上手い合いの手だった。
いあ、虎徹にしてみれば可愛い孫たちへの
愛の手だったのかもしれない。
ここで急遽、生きるための選択をしなくてはならなくなった。
ライヴを行う為にも、飲み物や食料は必要不可欠であり、ましてやいつまでここにいるともわからない。
そんな中で一番必要なものが800m先にあるのだ、危険を冒してでも行くしかない。
いあ、正確には『あるかもしれない』なのだが、4人は期待もあったが、確信にもにた自信もあった。
釘女は倉庫に食料があるのを知っており、まさかの為に自分で鍵を隠し持っていたと推理。
この推理には4人が4人、納得だったのだ。
早速虎徹と如月が準備を済ませて帰ってきた。
準備と言っても武器を持って来た程度の事だが。
祈るような思いでトラックに乗り込む2人を羽鐘とパイロンは見つめていた。荷台に2人を乗せて出口まで移動し、羽鐘とパイロンが人工芝にピョンと飛び降りた。
出口まで数歩歩いてドアを開けた、周囲にゾンキーは居なかった。
窓を開け『戻ってきたらクラクション3回鳴らす、これが合図よ、いい?いいよね?』と如月が言った。
無言で頷くパイロンがドアに手をかけ、トラックが出るのを見計らって反対側のドアにいる羽鐘と一緒に大きなドアを閉めて施錠した。
食料調達作戦が開始された。
軽四とは言え、なかなかエンジン音がうるさい。
ガぁあああンと言う、しゃがれ声のオペラのような音を響かせて、左折してから50mほど直進した。
まだ夕方ではないので見通しが良く、周囲の様子が良く分かった。
思っていたよりも街の崩壊は進んでおり、ここに入り込む前よりも荒れて見えた。
ゾンキーの数はまばらだった、各々の習慣で何処かへ行っているのか、それともどこかで大きな音を立てているのか。
いずれにせよ好都合であることは間違いない。
虎徹は必要以上のスピードを出さず、ゾンキーも跳ね飛ばすことなく、慎重に先を急ぐのだった。
更に左折をすると、転々と車が横転していたり、追突したままの姿で放置されていた。
『虎徹さん、行ける?』
虎徹は黙ってトントントンと首をリズム良く縦に振り、行けるよと言う意思表示をして見せる。
ゆっくり接触しないように縫うように抜ける。
バン!!!!
助手席側にゾンキーが飛びついてきた。
如月は冷静に、持っていたパイレンでゾンキーの目を思い切り突き、突き放した。
『冷静じゃな』
『真剣なのよ』
『うむ』
700mほどの直線を縫うように走るため、思うようには進めないが、確実に距離を縮めていった。
そして、ゾンキーの数は徐々に増えていくのだった。