小説『FLY ME TO THE MOON』第29話 解放
『ゲホッ・・・クッソ・・・煙かよ・・・やるなあの女、抜けてるかと思ったけど。なかなかやるじゃない・・・・ゲッホ!』
通気口に逃げ込んだイザナミはパイロンの煙攻撃により、涙は出るわ、咽るわでとてもじゃないが長時間隠れていられることは出来なかった。酸素も十分に吸い込むことができなくなり、過呼吸のように呼吸のスパンが短くなってきたイザナミ。意識も朦朧としてきた・・・目も霞む・・・。
『これはマズい・・・こんな狭いところで死にたくないわ』
炙り出しだとはわかっていつつも、外へ出る覚悟を決めた。
以前にも通気口を移動手段に使っていたので、数か所のネジを外しており、出入りできるようになっていた。もちろん下から見上げたところで、ネジが外されているか否か等は分かるはずもない。
実のところ動き回るのは危険と判断し、警備室からはさほど離れていない天井に隠れていたイザナミ。1つ通気口の蓋を外すと顔を出し、周囲を伺った。
耳をすまし、音を聴き、注意深く探る。
パイロンの姿が無いので、ストン!と飛び降りた。
やっと吸い込める空気だと思い、思い切り深呼吸すると、咽てしまった。
『ウエッホエホエホ・・・・』
『ん?咳?』
パイロンが微かに聞こえたイザナミの咳に反応する。
『後ろ・・・・・かな・・・・・・』
来た道を少し戻って角を曲がると人影が見えた。よーく見るパイロン・・・・間違いなくイザナミだった。
『ちょ!イザナミさん!』
パイロンがいきなり声をかけてしまう。
『しまった!』
とっさにイザナミはネイルガンを1発発射。
パスン!!!!!!キィン!
当たることはなかったが、パイロンのハートに火をつけた。
『この・・・。』
通路に飛び出して仁王立ちしたパイロン。
そこからテニスの構えに変更する。バールは腰に紐で巻き付けて、まるで武士のようだ・・・パイロンが手に持っているのは警備室にあったしゃもじ。しかしそのしゃもじには鉄板が貼られていた。
『なに?なんなの?しゃもじで私を殴る気?あっはっはっは、バッカじゃないの?しゃもじで?突撃?晩御飯でもいただきに行くの?』
馬鹿にするイザナミに対し、パイロンは目をそらさず、少し左右に揺れながらリズムを取り、構えを崩すことはない。
呼吸は吸うより吐く事を意識している。
フッ・・・フッ・・・フッ・・・・
このリズムに合わせて眉間の少し上あたりに意識が集まる、パイロンは集中力をこうして高めているのだ。
『飛び道具にしゃもじで勝てるかよ!ご飯でもよそってな!』
そう叫ぶとイザナミはネイルガンを右腕で前に突き出し、戸惑うことなく発射した。
カン!!!!!
キン!キンキン・・・・
パイロンのしゃもじの一振りで釘が明後日の方向に弾かれた。
『な!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『テニス部舐めんな・・・で申し訳ございません』
血が滲むどころか、血反吐を吐いて胃液まで吐くほどの努力をしてきたパイロンにとって、数百キロで飛んでくる試合の中のテニスボールに比べれば、自分に真っすぐ素直に飛んでくる釘など止まって見えた。
『そ!そんなのまぐれに決まってる!しゃもじで打ち返すとかありえないから!ヨネスケじゃあるまいし!』
『ヨネスケさんは、よその家に上がり込んでは度々晩御飯をごちそうになるだけよ、釘を撃ち返したりはしない。私は打ち返す、さぁ。。。。。来なさい・・・何発でも撃って来なさい。』
パイロンは右の口角を少し上げてニヤリと笑った。
その顔には余裕しかなかった。
『うるぁああああああああああああああ!』
パスパスパス!
容赦なくパイロンを狙って撃ち込まれる釘!
カカカン!
なんと3本の釘を弾いたパイロン!
『まぐれも4回も連続で起きたら実力じゃなくって?認めなさい、あなたに勝ち目はなくて申し訳ございません。』
パイロンはじりじりと前に歩を進める。
パス!カン!
パス!カン!
もはやネイルガンはパイロンには通用しなかった。
テニスモードに入ったパイロン。
今なら弾丸でも打ち返す程の気迫と集中力に満ちており、脅威の動体視力を発動。その身体には身にまとうオーラが見える程。
しかしイザナミも頭脳で対抗する。
横に設置されていた消火器を手にして一気にまき散らした。簡易的な煙幕となり、パイロンの視界を遮った。
『ずるいぞ!クギで来いよこのバカタレが!』
パイロンが白い煙に突っ込む!
ガン!!!!!
『痛っ!!!!!柱で申し訳ございません!』
何も見えない中では成す術がなく、パイロンは柱に激突してしまった。
『くっそ!追い詰めたのに!』
左手で壁を触り、そのまま移動するが、依然として前は見えない状態。
数メートル進むとやっと視界が晴れてきた。
『消火器って吸うと鼻の奥がツンとしてしまい、とってもツンツンで申し訳ございまツン』
微かに見える先にイザナミと思われる人影があった。
イザナミは自分の前の扉の鍵を開けると、少し下がった。
『面倒くさいからプレゼントあげるわ、だからもう付きまとわないで、いい?』
そういうと、小ホールと書かれたドアを開けた。
キィ・・・・
『ん?何が?』
パイロンが霞んだ目を擦り、眉間にしわを思いっきり集めて、眼球がつぶれるほど力を込めて凝視した。
ドアから出てきたのはゾンキーだった・・・。
それも次々と出てくるではないか!
『せっかく集めたんだから相手してあげてね!』
そう叫ぶと小さめの観葉植物をパイロンの方に投げ捨てた。
ガシャーン!!!!
陶器でできた鉢が大きな音を立てて割れ、ゾンキーは一斉に音の方に注意をひかれた。
その隙にイザナミは走り去ってしまった。
ゾンキーの数は10や20の話ではなく、昭和のオイルショックでトイレットペーパーを奪い合う人々のように、俺が俺が状態でパイロンに迫っていった。
『これはマズいわ!一気にお祭りで申し訳ございません。』
そう一言もらすと、後ずさりからの小走りで来た道を戻った。パイロンの気がかりは如月。この事態を知らない如月、いくら獣のような強さの如月でも、不意打ちを食らってしまっては危険だ。
なんとか教えなくては。
でも大声出すのは自分をも危険にさらすことになる。
目的を1つに絞って、パイロンは如月を探した。
5人がかりでゾンキーを集めては閉じ込めた小ホールを開放し、多数のそれを大放出したイザナミは楽々と1階に移動した。
1階にある【多目的フロア】、その木目調の扉に付いたシルバーのドアノブの中心にある鍵穴に鍵を差し込み、右に90度倒すとコトンと言う高級感と扉の厚さを感じる、少し重い音を立てた。
如月に渡した鍵は、この2つの鍵が付いていなかったのだ。
あらかじめこの2つの鍵を別にしていたイザナミは
これを切り札としていた。
ずるがしこさと、先を見越した危機管理能力は如月とパイロンより1枚上手だったようである。
多目的フロアが解放され、入口で手を3回パンパンパンと小気味よく叩くと、その音に反応してここからも多数のゾンキーが放出された。
『悪いね、私は念には念を入れるタイプなんでね』
イザナミはゾンキーを避けながら出口を目指した。