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小説『FLY ME TO THE MOON』第50話 スースーミント
3人を先に下がらせた如月と虎徹。
だからと言って諦めたわけではない、3人を下げる時間を作っているのだった。
傾いたステージをよじ登り、3人はスタジアムの扉へ手をかけた。
『睦月!虎徹さん!』
うめき声が充満するスタジアムにパイロンの声が響く。
『如月!下がるぞ!』
『そうね・・・ひとまず退きましょう』
群がるゾンキーを倒しながら下がる2人。
如月と虎徹もステージをよじ登り、難を逃れた。
先に逃げていた3人に合流すると5人は口元で、無言で微笑んだ。
ここで如月が切り出す。
『みんなはこのままスタジアム館内に入って・・・・』
そう言うと血にまみれた右の拳を見せた。
『ゾンキーの歯でひっかいちゃった、あと10分ってとこかな・・・』
『そんな・・・睦月・・・』
『如月さん・・・』
『ミントちゃん・・・』
『如月、見事じゃった・・・言っておきたいことはあるか・・・』
『最後にスースーミント食べたい』
とびっきりの笑顔でそういうと、通路に置いていたクーラーボックスからスースーミントを出して食べ始めた・・・・。
『私がゾンキーになったら手に負えないくらい強いから、もう行って、中に入って・・・・入って!!!!!』
『如月、変わったらワシが送ってやろう・・・ええか?』
『うん、わかった。』
ニッコリ笑いながらシャリシャリと、少し溶けかけたスースーミントを食べ終えた。
『かはっ・・・・』
咽る如月の目はもう、朦朧としていた。
身体も少し震えているように見える。
『睦月!!!』
『行って・・・・もう・・・・無理・・・・』
虎徹が静かに構え、刃を下にしっかりと回した。
虎徹が構えるのは刀だが、時代劇のように実際はチャ!っと言う音はしなかった。
如月の全身がみるみる紅葉する秋の木々のように赤くなってゆくのが見て取れた。
如月の意思とは関係なしに筋肉が躍動している。
『まって虎徹!今まで見たのとなんか違う・・・』
羽鐘が虎徹を止めるが如月が女子とは思えない咆哮を虎徹に向けて放った。
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
立ち上がった如月に虎徹が突きを入れる!
『御免!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
コン!!!
『な!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
本当に、本当の一瞬だった。
こんな一瞬見たことないくらいの一瞬だった。
虎徹の愛刀虎徹による真っすぐで速く鋭いが、ブレの無い軌道には不謹慎ながら美しさすら感じた。
しかしその虎徹の切先は反れ、虎徹の身体の重心はブレずに上半身だけほんの10cmほど左にずらされ如月を貫き損ねた。
虎徹の虎徹はキラリと輝くものの、一瞬時間が飛んだ虎徹は輝く虎徹の切先を見て記憶を巻き戻す。
わずかな巻き戻しだ、ほんのわずか、それは1秒の1/1000だが虎徹にとっては3秒ほどに感じた。
虎徹の虎徹が虎徹の前で虎徹もろとも封じられたのだ。
渾身の突きを捌かれる、生涯初の汚点が今だった。
『こやつ・・・ワシの突きを手ではらった・・・』
真っ赤な目をした如月はまるで鬼のようだったが、確かにゾンキーではなく、如月だった。
如月は右手を差し出し、手を開き待てのポーズと取れる行動をし、ステージ下、ゾンキーの群れに飛び降りた。
『睦月!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』『如月さん!!!!!!』
慌てて下を覗き込む4人。
如月はなんと一人でゾンキーの群れを片っ端から吹き飛ばしていた。
その突きも蹴りも肉眼では確認できないが、如月の周りで小気味よくパァン!パァン!とゾンキーの頭がどんどん粉砕されていった・・・・。
凄い速さでゾンキーが倒されてゆく・・・・。
『え?プッ!何あれ・・・』
あまりの出来事にあっけにとられて笑顔すら出てしまうパイロン。
『スーパーキサラギ人的な?』
擦れた声で羽鐘がパイロンに返した。
『なんでカテゴリーなんだよ』
と、こんな時でも冷静に返される羽鐘。
『ちょっとまって・・・・・今まで菌の破壊は音と言われていたけれど、なに?なんの反応?・・・・人体の防衛本能と言うか、その、よくわからないけど、人間の持つ回復能力と菌との化学反応とか・・・そういう・・・え?そうなの?そんな感じなのかしら・・・』
戸惑い、若干パニック気味の神楽に虎徹が寄り添い、『ワシらではここから手を貸すことは出来ん、少し様子を見よう、まぁ落ち着け、状況が打破できるかもしれん』
『ええ、まず私のお尻を触るのをやめてくださいまし』
一体何が起こったのか、なぜ如月は菌に犯されたのに、自分の意思で、しかも攻撃力が爆発的に上がったのかは謎だった。
何分経過したかはわからないが、もう相当な数のゾンキーを倒し、如月・・・いや覚醒したネオ如月の周囲には半径5mほどの円の空間を維持し続ける程のペースで次々となぎ倒していた、先に見せた必殺の高速の突きよりもはるかに速い突きで頭を破壊、高速の蹴りで膝を粉砕、動きはもう人間ではなかった。押し返す勢いだったのだが、如月の動きが肉眼で見えるようになってきた。
やがて如月の動きが止まった・・・・
やたら疲れた様子で崩れたステージに戻ってくる。
『見て!睦月が戻ってる!ゾンキーにもなってない!』
『そうですわね・・・普通ですね・・・』
『このままじゃ如月が危ないぞ!何とかせねば!』
慌てる4人だったが、助ける手段が無かった。
『はぁはぁ・・・なんだかわからないけど私、ゾンキーじゃないのね、んでももう・・・動けないや・・・ハァハァ・・・』
如月は立ち止まった。
両手を広げて十字架のようなポーズを取り、
『みんなーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!ありがとーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!頑張ったけどやっぱ無理ーーーーーーーー!!!ごめんねーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』
そう叫んだ・・・ありったけの声で叫んだ。
どうやら逃げ切れないと判断したようだ。
十字架のポーズで立ち、覚悟を決めた如月に群がってくるゾンキー。
泣き叫ぶパイロン、歯を食いしばり、手すりを壊さんばかりに握りしめる虎徹。口を開けてデスボイスを発したいが出ない自分に苛立つ羽鐘。
全員が如月を見つめた・・・見届けるのではなく、何とかならないかと言う希望、望み、願望の眼差しだった。
『もう覚悟なんかさせない!』
パイロンが走った!傾いたステージの床を蹴り、飛び跳ねるように走って如月に全速力で駆け寄った!
『むつきーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいきてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
『パ・・パイ・・・』
ファッギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ドドドドドドドドパパパパパパパパパパパン!!!!!!!!
凄まじいデスボイスと共に、如月の正面真っすぐに、海が割れるようにゾンキーが吹き飛んだ。
如月にスポットライトが当たり、まるでモーゼのようだった。
パイロンが直ぐに如月の手を握り、後ろへ引いた。
ファッギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ドドドドドドドドパパパパパパパパパパパン!!!!!!!!
ファッギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ドドドドドドドドパパパパパパパパパパパン!!!!!!!!
見上げると羽鐘は上に居てデスボイスを発してはいない。
それどころか、笑顔で如月の向こう側、ライトの先に手を振っている。
一体何があったのかまったくわからない如月とパイロン。
あっけにとられる2人の前に現れたのは1台のド派手な車。
巨大なスピーカーを搭載しており、そこからデスボイスを流していた。
周囲のゾンキーはドンドン破壊され、近づくことはできない。
そんな中、一人の男が下りてきた。
『チャッキー!!!!!!!!!』
羽鐘が飛びついて抱きしめた、顔中縫い目だらけの男、チャイルド・プレイの店主チャッキーだった。
『お前の声の分析ができてさ、何度も試して作り上げたよ、時間かかったけど出来たんだ、デスボイスのサンプルがよ!』
『そうなんだ!すごいっす!』
『お前らのライヴ最高だったぜ、最高にクールだった、俺はチャッキー、羽鐘の両親と同じバンドのメンバーだ。』
『だった・・・でしょ?』
『馬鹿言え!俺のハートであいつらは生きてんだ、今でもギンギンにクールによ』
チャッキーの車の後ろからワゴン車が3台ついてきていた。
そこから降りてきたのは商店街の人たちだった。
即残っているゾンキーを倒し始めた。
『みんな!ありがとう!』
喜ぶ如月に商店街の人たちは『睦月ちゃんに元気もらってたからよ、今がお返しするときだ!なぁみんな!』
『おうよ!』『おう!』
次から次へとなだれ込むゾンキーをデスボイスが粉砕し、商店街の人たちがどんどん倒してゆく。
金物屋さんはフライパンと包丁で、ラーメン屋さんは寸胴の蓋を盾にして肉切り包丁で、花屋の花女さんは剪定鋏というお店の色が出ていて少し滑稽だった。
如月が声をかける『花女さんはバラのムチかと思った!』
『それは夜のお仕事の時だけよ!』
こんな状況でも冗談で返せる連携は地域密着型ならでは。
たった10人そこそこが、数万のゾンキーを押し返してゆく。
形勢逆転とはまさにこのことだろう。
如月と羽鐘は休ませてもらい、動けるものはゾンキーを処理していくのだった。
パイロンが食料と飲料が入った箱を抱えて持って来た。
如月と羽鐘は水分を摂取して一息つく。
集めて粉砕と言う単純な作戦は無謀だったが、結果的には街の生存者を少しでも救う事に繋がった。
少し安心した如月、パイロン、羽鐘。
『あ、この様子、全世界に配信しなきゃ・・・・ラビットが全部データ移動してくれたのはきっと、こういう事態も予測していたのね、ありがとうラビット。そしてカノン・・・ごめんね、無駄にはしないからね、あなた達の思い・・・・』
神楽はタブレットを操作し、街中の監視カメラの映像を、全て外部へ配信する設定を行った。
『これで何処かのシティが動いてくれれば・・・でも壁が・・・壁のシステムだけ探せないのよね、どうなっているのかしら・・・クソ大統領!・・・あ!ミントちゃん、身体は?』
声をかけてくれた神楽を少しだるそうに見上げた。
『ええ、具合が悪いとかは無いけれど、反動がちょっと。バカ高い滋養強壮剤を飲んでバチバチトレーニングして、きっかり8時間後に効果が切れたって感じ』
『わかりやすい例えだわね、あなたのスピード、ただ事じゃありませんでしたよ、あれの後なら疲労も凄まじいでしょうね・・・しかしなぜあなたは感染せず覚醒したのかしら・・・』
『スースーミント食べたまでは覚えているけれど・・・』
『うわ!それだ!ミントだ!』
『ゲームのバイオハザードでハーブ食べるみたいな?あれ絶対クッソまずいと思うんだけど。』
『ええ、それは私も知ってるゲーム。そうよ、まさにあれよ!ミントが菌と戦い、何らかの物質が出て一時的にその・・・』
『あーアドレナリンとかそういう感じかしら、じゃぁ噛まれた人にはスースーミント食べさせればいいじゃん。暴れるから檻にでも入れて、ははっ』
『マジそれかもですわね。。。。残念だけどなっちゃったら効き目なさそうだけれど。葬るにはデスボイス、噛まれたらミントか・・・』
ドドン!ドン!ドドドドン!
スタジアムの外から何か音が聞こえた。
車の爆発、建物の破壊、それらを一度に行ったような音だった。
暫くその音が続くとスタジアムに入ってくるゾンキーが途絶えた。
『誰か助けに来てくれたんじゃ!?』
『おおそうだ!きっとそうだ!』
商店街の人たちが入口へ走った。
『ロキ・・・・かしら・・・・』
神楽が期待を込めて呟く・・・・。
『ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
『うわああああああああああああああああああああああ』
悲鳴と共にスタジアムに次々と商店街の人たちの死体が投げ込まれた。
屋根のないスタジアムの高い壁を飛び越えてドン!と地面に叩きつけられた死体は首の骨がへし折れ、バウンドして人の関節の可動範囲を遥かに越えた形で転がった。
それはもう人に見えるけどよくできた人形。
1人、また一人と投げ込まれてくる。
中には生きたまま投げ込まれ、着地で頭が潰れて絶命する者もいた。
高く放り投げられては地面に叩きつけられ、肉が飛び散り、血をぶちまけると言う凄まじい状況。
人の雨。
その亡骸もゾンキーの死体を混じってしまい、直ぐに分からなくなる。
死体に死体が降り注ぐと言う地獄の光景だった。
『弁当屋さん!靴屋さん!薬屋さん!』
如月が声をかけるが動かない・・・・。
『なに?何が来たの!?』パイロンが声をあげる。
擦れた声で羽鐘がつぶやく『ラス・・・ボス?』
『正解のようね・・・』如月が拳を握りしめて一点を睨みつけた。
入口からゆっくり入ってきたのは・・・・・
パワードスーツを着た大統領アレース・・・
いや赤足のジャッカルだった。