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週刊『粗忽長屋』:第参週『粗忽長屋ディレクターズカット版』シナリオ公開
●ここからは
ここからの章では、
私が改作をした『粗忽長屋ディレクターズカット版』についてのお話です。
まずは、全シナリオを見ていただければ幸いです。
大会用に10分間に調整してあるものです。
●『粗忽長屋(ディレクターズカット版)』
地 準備万端とおもってやってきたんですけれども。
あのー足袋を忘れるというね。
そしてよりによってこの色というね。靴下が。
多分、減点対象だと思いますけど。
えー私みたいにそそっかしい人というのは
落語の世界にもよくおりまして。
地 能天気でそそっかしい熊五郎と、
がむしゃらでそそっかしい八五郎が
隣り合って住んでる長屋がございまして。
ある日のこと、八五郎の方が浅草の観音様にお参りに行きまして、
その帰り道、雷門の前まで来るってぇと黒山の人だかり。
八 へー、なんだい、こりゃ。人が大勢あつまってやんなー。
正月じゃあるめぇし、えー中で何やってんだろうな。
あのちょいとスミマセン
人 ハイ
八 これ中なにやってんすか?
人 あー中。何でもね、行き倒れみたいですよ。
八 へー、イキダオレ…?はは
なんかそういうのやってんだ。
へー見たいっすなぁ。何とかして見れませんかね。
人 私もそう思ってんだけどね。こんだけ人がいるとね難しいだろうね。
八 あ、そうですか。へー。分かりました。
じゃあ、あなたね。またぐら貸してもらってもいいですか。
人 ……おいおい!なんか、おっかない人がでてきたね。
お?!おいダメだいお前さん。人のまたぐらから覗いちゃ。
八 へへ、ここをくぐってでも前へ出たいんだおれは。お、あそこだな。
(匍匐前進)おいしょ!よいしょ!よーし前ん出た!どうもーー!
町役人 おいおい変な人が出てきたね。
だめだいお前さん、そんなところから顔出しちゃ。
今来た方?あそう。じゃあこっちおいでこっち。
八 へへありがとうございます。えーこれから始まるんでしょう?
町役人 いや、何も始まりはしないけれどもね。
行き倒れなんだ。お前さんこれを見てくれよ。
八 お、ああ、この人がイキダオレだ。へー。
んん?あれぇ?なんだいおい。この人寝ちゃってるよ?
おい、起きなよ。起きなってばよ。
早く起きてイキダオレやれぃ。
町役人 なんだいその、行き倒れやれってのは!
だめだい。その人死んじゃってんだ。
八 ええ、死んでる?!
死んでるってだって、あーたイキダオレってそういったじゃないですか。
これじゃ死に倒れだ。
町役人 なんだい死に倒れってのは!
今ねこの人、身元が分からなくて困ってんだ。
死骸の引き取り手がないと困るだろう。
だから、みなさんにね、顔を見てもらって、
知ってる方がいないかって、そういうわけなんだけどね。
お前さん、この人知らないかい?
八 いやー知らないかって知るわけないけどもね。
何よく見ろ?よく見ろったって……
あ!くま!!くまくまくまくま!!
町役人 なに、くまくまいうところみるってぇと、おまえさんこの人知ってるの?
八 知ってるよー、知ってるも何も隣に住んでんだ。
あーこんな行き倒れになっちゃって。
町役人 あーそうかい。いやーそれは気の毒だね…。
じゃ悪いんだけどもね。
この人のかみさんか何か連れてきてくれないかい。
八 かみさんいないよ。一人もんだもんこいつ。
町役人 あそう。じゃあ親御さん
八 親御さんいない
町役人 ご兄弟
八 ご兄弟いない。可哀そうなやろうなんですよ。
町役人 あそうかい、そりゃ弱ったねぇ……。……。
あ、じゃあ悪いんだけどもね…
お前さん、引き取ってくんないかい?
八 えええ!あっしが?あっしがですか?
いやぁ、あっしは良いんですけどね。
横から出てきてもらうもんだけもらってけえったって
あとで痛い腹探られるのは嫌ですからね。
分かりました。分かりました。
じゃあこうしましょう、あのここにね、当人連れてきましょう。(間)
町役人 ……へ、…あ、なんだって?
八 いやだからね、当人に!死骸を引き取らせましょうってんですよ。
町役人 いや、その当人ってのが分かんないんだな!
八 そうでしょう?分かんないやろうなんですよ。あいつは。
今朝もねお参りに行こう誘ったらね。
俺は今日具合が悪いかもしれないから、
行かないほうがいいいかもしれないって、そんなこと言ってましたよ。
町役人 え、あ、なに、今朝会ってんの?あーじゃぁ違うよ。
だってこの人、ゆんべからここに倒れてんだよ?
八 え、ゆんべから?……そりゃそそっかしいやー!ねぇ。
ゆんべここで倒れて死んじゃって。
それに気づかねぇまま、ウチにけえってきちゃったんだ。
しょうがねえあいつはほんとに。
町役人 何言い出すんだ。話の分からない人だ。
八 そうでしょう。だから当人を連れてこなくちゃ分からねぇってんですよ。
とにかくね当人連れてきましょう。
連れてくらね、ああ俺は死んじゃったんだなってことになりますんで。
じゃあ、行ってまいります。
町役人 おーちょいちょいょいと!
あーあ、行っちゃったよ。えー。そそっかしい人だ。
八 そそっかしいやろうだな。本当にな。
おれが言ってやんなきゃ分からねぇんだから。本当に。
おう、熊公、熊、熊公、熊、熊公。
熊 また八つぁんがうるさくしてるよ。
熊だって熊の野郎だよ。あんだけうるさくしてんだから
すぐに出てやりゃ良いのに。ほんとに…。あ、熊おれだ。
おーい、八つぁん、熊こっちだ。それ自分ちたたいてるよ。
八 お、なんだこっちだったか。上がらせてもらおうじゃねぇか。
てぇへんだてぇへんだてぇへんだ!
熊 なんだい。俺なんかしくじった?
八 しくじったもいいところだい。大しくじりだよな。
ほらおれ今朝、あそこ行ったろ浅草行ってよまたぐら潜って前出んだろ。
前出るってぇと、いきだおれなんだよ。
いきだおれだからっていきだおれだろってつったら、
いきだおれじゃないんだよ死んでんだ、
死んでるから死にだおれだろっつったら、
死にだおれじゃないんだよ行き倒れなんだよな。
でよく見たらお前そっくり。よく見たらお前そっくりなんだよ。ねぇ。
だからお前もうあきらめな。(間)
熊 八っつぁん、何言ってるか全然分かんないよ。
八 なんだい、驚いちまうから遠回しにいってやってんのに、分かったよ。
ハッキリ言うよ。
オホン…。おまえな、浅草んでところでもって、死んでるよ。
熊 え、死んでる?
八 そうだよ、お前死んでんだ。
熊 死んでるってだって、おらぁ、死んだ心持ちがしねぇや
八 死んだ心持ちがしねぇ?
たったいっぺん死んだくらいで、死んだものの気持ちがわかるかい。
何遍も死んで初めてわかるんだい。
ずうずうしいこと、言ってやんねぇ。
いいか。だから俺がいつも言ってやってんだろおまえには!
死ぬ気で生きろって。な?おめぇ死ぬ気で生きてたのか?!
熊 いやぁ、そういわれるとね…死ぬ気では生きてない。
八 だろ!死ぬ気で生きてねぇってことはだよ、
生きたつもりで死んでるって、こういうことになるじゃなねぇか。
熊 えええ?!確かにそうだな。
八 な!そうだろ。だからおまえはもう死んだんだ。
熊 そうか、俺は死んだ…。死んだ…。死んだ…。
そうだ、やっと思い出した。
悲しいことだな。
八 悲しいことだな。
だがな、おまえにはやり残したことがひとつのこってんだ。
熊 ええ、なんだいそりゃ。
八 死骸を引き取りに。
熊 死骸?!死骸って誰のだ
八 誰のってお前のに決まってるじゃねぇーか
ほら、支度して、いくぞいくぞいくぞ。
ぼやぼやしてっと誰かに持ってかれちまうんだから。
ほーら、見えてきた!見えてきた。あそこだあそこだ。
ほーら行き倒れの当人が来たんだどいちくらどいちくれどいちくれ
どうも!
町役人 また来たねあの人は!しょうがない。えー、居なかったろ?
八 いえ!居ました!
町役人 居ちゃった?居ちゃったか。ん、あのー違かったろ?
八 いや!違うと言うことはないんです。
はなはね、違うとか俺はしなねぇとかそんなこと言ってましたけどね。
じゅんじゅんに言やーね、俺は死んだんだってなりましたんで。
ほら、おまえからもちゃんと挨拶しろ!
あの人には世話になってんだから。
熊 あ、どうもすみません。あのーちっとも気づかなかったんです。
あのゆんべ私がここで死んじゃったそうで…。
町役人 はー困ったねこりゃ!
え?おんなじような人がもう1人増えちゃったね!!こりゃ。
えーあなたが当人の方?じゃあこれをみてくれよ。これを。
熊 あ、結構でございます。なまじ死に目に遭わないほうが。
町役人 何を言ってんだ。みてもらわないと始まらないんだよ。
熊 そうですか、俺こういうの苦手なんだけどねー。
(天を仰ぎ、手をずらす。)
んー…ん?八っつぁんこれ俺かなぁ?
八 何いってんだ、オメェじゃねぇか。
熊 でもなんか面が長くなったような。
八 何いってんだ。ひとばん夜露にあたって伸びちゃったんだ。
熊 ひとばん夜露にあたって伸びちゃった?
ああほんとだそうだおれだおれだー!
こんなに浅ましい姿になって。えーん。
町役人 とうとう泣き出したね!ダメだい泣いたら。
おまえさんじゃないんだから。
八 何いってんだ。
当人が当人だってつってるんだから、当人に決まってるじゃねぇか。
ほら俺がな足の方抱くから、お前は頭の方だけぇ。
熊 そうだよな、自分で自分の死骸を引き取って、何が悪いんだ……。
…でも八っつぁんなんだかよく分からなくなってきた。
八 どうしたんだい
熊 抱かれてんのは確かに俺なんだけど、
じゃあ抱いてる俺は一旦どこの誰だろう。
地 粗忽長屋という…噺でしたけれども。
このあと2人はどうしたかってのが気になりましてね。
ひょっとすると死骸を引き取ったんじゃないかと思いまして。
熊 八っつぁんさ、これ死骸を引き取ったはいいけどどうすんだ。
八 どうするったってお前、
そりゃ葬式をやらなきゃ、しょうがねぇじゃねぇか。
熊 葬式?!そんなの俺できないよ。八っつぁん、喪主をやってくれよ。
八 何いってんだ、そういうのはな、当人がやんなきゃしょうがないだろう。
地 ってんで、当人が喪主として葬式をやることになりまして。
こんな調子ですからね。当人の死骸を桶に入れまして、
それを当人が当人の片棒をかついだりなんかしましてね。
寺まで持ってくってぇと、当人が葬式の受付なんかやってね。
仕舞いには当人が当人のために弔辞を読んだりしちゃいまして。
それもう、そそっかしい葬式で。
でも葬式というのはね。ずんずん進んでっちゃう訳で、
坊さんが経を読むってえと、すぐに焼き場の方に持っていってね。
立ち込める煙を見ながら、最後のお別れになります。
熊 八っつぁんさ…オレなんだか分かったような気がするよ。
八 どうしたんだい。
熊 焼かれてんのは確かに俺なんだけど、
ここにいる俺もやっぱりおれなんだなって。
地 粗忽長屋ディレクターズカット版でした。
細かい解説は、来週させていただきます!